(判例)更衣時間は労働時間に該当しないとして、未払割増賃金等支払請求が斥けられた例

残業代未払い請求事件(R7.10.30 大阪地裁判決)


◇事件の概要◇

本件は、被告に雇用されて高速道路の料金ステーションで勤務する原告が、所定始業時間前の制服への更衣時間、更衣室から呼気アルコール検査場所までの移動時間及び呼気アルコール検査時間並びに深夜時間帯の仮眠時間終了前の制服への更衣時間に対する時間外勤務手当が未払であるほか、同仮眠時間終了前の更衣時間に対する深夜勤務手当が未払である旨主張して、被告に対し、労働契約に基づき、未払い賃金の支払を求めた事案に対し、更衣時間は労働時間に該当せず、追加で支払うべき時間外勤務手当は発生しないとして、請求が棄却された事例。


◇前提事実◇

(1)当事者
ア 被告は、有料道路等及び有料駐車場の料金収受並びに通行券類の販売に関する業務等を目的とする株式会社である。
イ 原告は、平成25年に被告の有期契約社員となり、令和6年5月31日に定年退職した後、被告との間で有期嘱託社員としての労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結し,被告の運営する高速道路の料金ステーションで勤務する者である。本件請求期間における原告の就業場所は、C料金ステーション(以下「本件ステーション」という。)である。

(2)制服の着用及びアルコール検査
 被告は、原告を含む本件勤務形態で勤務する本件ステーションのスタッフに対し、午前8時45分から行う朝礼に参加すること、被告の指定する制服(上衣がシャツとファスナー付きのブルゾン、下衣が長ズボン。)を着用して業務を行うこと、始業時間前に本件ステーションの事務室に設置されたアルコール検知器を使用して呼気アルコール検査を行うことを指示していた。


◇判例のポイント◇

(1)所定始業時間前の更衣時間の労働時間性(争点〔1〕)

【原告の主張】
 被告は、料金ステーションのスタッフに対し、料金ステーションの更衣室において被告の指定する制服に着替えるよう指示していた。
 原告は、入社直前の時期に、入社時の配属先であるD料金ステーションの男性更衣室を案内され、当時の同所の所長から「この更衣室で制服に着替えて身だしなみを整えてから、事務室内の出勤簿に押印して8時45分からの朝礼に出るように」と指示された。また、原告はこれまで勤務先で制服を着用したまま出勤や退勤する社員を一度も見たことがなく、出勤時や退勤時に更衣室で制服で着替えることが日常的で普通であると認識していた。
 これらのことから、始業前の制服への着替えは、使用者の指示により就業を命じられた業務に必要な準備行為であり、更衣時間は被告の指揮命令下に置かれた労働時間である。

【被告の主張】
 被告は社員に対し制服での通勤を認めており、社内で制服に着替えることを義務付けておらず、当該義務を定めた規定も存在しない。実際にも、社員の対応は、制服のズボンだけ穿いて出勤したり、制服を着用しつつ上から上着を羽織って出勤したり、完全に私服で出勤し更衣室で着替えたりと様々である。このように、制服を着用して通勤するか否かは社員の自由であって、制服への更衣時間は労働時間ではない。
 D料金ステーションの当時の所長の原告に対する発言は不知であるが、どこででも着替えてよいわけはなく、着替えが必要な場合に更衣室を利用するのは常識である。

【裁判所の判断】
(1)労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、原告が主張する制服への更衣時間が労働時間に当たるか否かは、原告が更衣時間において被告の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである。
(2)本件における所定始業時間前の更衣時間についてみるに、まず、料金ステーションのスタッフが着用する制服は、上衣がシャツとファスナー付きのブルゾン、下衣が長ズボンというものであって、社会通念上、これらを着用して出勤することについて、特段支障はないものと考えられる。原告は、入社直前の時期に入社時の配属先であるD料金ステーションの男性更衣室を案内された際、当時の同所の所長から、ここで制服に着替えて、その後、事務室内の出勤簿に捺印して、8時45分からの朝礼に出るようにと指示された旨供述するが、他方で所長から制服で出勤するなとは言われていないとも供述しており、約10年前の出来事であって所長の発言内容や発言態度等についての記憶の正確性を慎重に評価する必要があることや、原告の供述を裏付ける客観的証拠がないことに照らすと、原告の上記供述を直ちに採用することはできないし、原告の上記供述を前提としても、被告が原告に対して、制服を着用して出勤することを許容しない趣旨で料金ステーション内の更衣室において制服に着替えるよう明示的に指示したとまでは認められない。そして、他に被告が原告に対して料金ステーション内の更衣室において制服に着替えることを義務付けていたことを基礎付ける事実は認められない(なお、被告が従業員らに対して制服を着用して通勤することを許容する旨を積極的に周知していなかったとしても、これをもって直ちに被告が従業員らに対して更衣室において制服に着替えることを義務付けていたとは評価できない。)。
 そうすると、被告は原告に対し、被告の指定する制服を着用して業務を行うよう指示していたものの、料金ステーションの更衣室において制服に着替えることを義務付けていたとは認められず、このような事実関係によれば、原告が所定始業時間前の更衣時間において被告の指揮命令下に置かれていたものと評価することはできない。
 したがって、所定始業時間前の更衣時間が労働時間に当たるとはいえない。

 

(2)所定始業時間前のアルコール検査に係る労働時間(争点〔2〕)

【原告の主張】
 呼気アルコール検査の所要時間は1分程度である。そして、男性更衣室から呼気アルコール検査場所である事務室の奥までの距離は約35メートルあり、徒歩で26秒以上かかり、呼気アルコール検査に1分程度かかることから、更衣室での制服の着替えとアルコール検査を併せて5分30秒程度かかる。

【被告の主張】
 呼気アルコール検査は、検知器のストローを咥えて息を吐くという極めて簡単な行為で、検査自体の所要時間は15秒程度であり、待ち時間等を含めても1分程度である。更衣時間は労働時間ではないから、更衣室からアルコール検査を行う場所までの移動時間は、通勤時間と同じように労働時間とはいえない。

【裁判所の判断】
上記のとおり、所定始業時間前の更衣室での更衣時間は労働時間に当たるとはいえないから、更衣室から呼気アルコール検査場所への移動時間についても労働時間に当たるとはいえず、所定始業時間前の労働時間として認められるのは、呼気アルコール検査の所要時間1分のみである。

 

(3)仮眠時間終了前の更衣時間の労働時間性(争点〔3〕)

【原告の主張】
 本件ステーション2階にある仮眠室の押入には、被告が用意した仮眠用の布団や毛布があり、畳や簡易ベッドに布団などを敷いて、1階にある更衣室で制服から寝やすい服装に着替え、夜間や深夜における連続4時間以上の休憩時間中に仮眠をとるような仕組みになっている。そして、休憩時間の終了までに、1階の更衣室に移動して制服に着替え、事務室に移動している。
 事務室等には私物が一切持ち込めず、制服に着替える時に更衣室にある施錠可能な個人ロッカーに保管する以外に選択肢がないことからも、仮眠後に更衣室で着替えるのはごく自然な行為である。
 また、原告は24時間30分拘束された本件勤務形態で勤務しており、精神面や体力面への負担軽減及び安全衛生上の観点から、休憩時間中にシャワーを浴びて寝やすい服装に着替えて仮眠室で睡眠をとることは、社会通念上ごく自然な行為であり、制服を着用したまま仮眠室において布団などで寝る行為は、衛生上の観点としてはマナー違反になる。
 これらの事情から、仮眠後の制服への着替えは、使用者の指示により就業を命じられた業務に必要な準備行為であり、更衣時間は被告の指揮命令下に置かれた労働時間である。そして、仮眠後の制服への着替えには4分30秒程度かかる。

【被告の主張】
 被告は社員に対して連続4時間の休憩時間を与えているが、同時間をどのように利用するかは社員の自由であって、被告は社員に対して仮眠をとる義務を課していないし、仮眠をとる社員に対して寝やすい服装に着替える義務も課していない。このような状況において、仮に社員が寝やすい服装に着替えて仮眠をとり、仮眠後、制服に着替えたとしても、その制服への更衣時間は労働時間とはいえない。

【裁判所の判断】
(1)使用者は、休憩時間中、労働者を就業を命じた業務から解放して社会通念上休憩時間を自由に利用できる状態に置けば足りるものと解されるから、休憩時間中における制服の着脱等に要する時間は、特段の事情のない限り、労働時間に該当するとはいえないというべきである。
(2)本件における仮眠時間終了前の更衣時間についてみるに、料金ステーションのスタッフが着用する制服は、上衣がシャツとファスナー付きのブルゾン、下衣が長ズボンというものであって、社会通念上、これらを着用した状態では休憩時間を自由に利用できないとはいえず、その着脱に要する時間もごく短時間であると考えられる。原告は、精神面や体力面への負担軽減及び安全衛生上の観点から、休憩時間中にシャワーを浴びて寝やすい服装に着替えて仮眠室で睡眠をとることは、社会通念上ごく自然な行為であるなどと主張するが、被告は料金ステーションのスタッフに対して、寝やすい服装に着替えて仮眠をとることを指示していないのであるから、原告が主張する点を踏まえても、被告が休憩時間中に原告を社会通念上休憩時間を自由に利用できる状態に置いていたとの評価は左右されない。
 したがって、本件において、上記特段の事情は認められず、仮眠時間終了前の更衣時間が労働時間に当たるとはいえない。

 



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