(判例)降格幅及び賃金減額幅が大きいとして,降格無効次長の地位等確認請求が認められた例

地位確認等請求事件 大阪地裁(令和6年8月30日判決)


◇事件の概要◇

本件は、被告の従業員である原告が、次長から一般職に降格されたことは人事権の濫用に当たり、降格に伴う賃金減額は無効であると主張し、次長として役職手当10万円の支払を受ける地位にあることの確認を求めるとともに、労働契約に基づき、本判決確定の日までの降格前に支給されていた賃金額と減額後に支給された賃金の差額である月額10万円の支払を求めた事案である。


◇前提事実◇

(1)当事者等

ア 被告
 被告は、遊技場の経営、レストラン及び喫茶店の経営等を目的とする株式会社である。
イ 原告
 原告は、高校卒業後、就職して複数の会社で働いた後、平成26年7月7日以降、被告の従業員として勤務している者である。
ウ C(以下「C専務」という。)
 C専務は、被告の専務取締役であり、原告が本社総務部(以下、単に「総務部」という。)次長の職にあった間、原告の直属の上司であった者である。

(2)原告と被告との労働契約

ア 原告は、平成26年7月7日、被告との間で、概ね以下の内容で、期間の定めのない労働契約を締結した。
  賃金 月額49万5000円(なお、全額が基本給であったのか、役職手当が含まれていたのかについては争いがある。)
     毎月末日締め、翌月15日払い
  職位 総務部次長
イ 労働条件の変更
  原告と被告は、平成28年4月22日付けで、労働条件(変更)確認書(以下「本件確認書」という。)を作成し、原告の賃金を以下のとおり変更した。
  賃金  月額合計50万円
  (内訳)基本給     26万8000円
     役職手当    10万円
     固定時間外手当 11万7000円(60時間相当)
     通勤手当     1万5000円

(3)次長の解任及び一般職への降格

ア 原告は、令和3年6月30日付けで、総務部次長の任を解かれ、同年7月1日以降、一般職として営業管理部への異動を命じられた(以下「本件降格」という。)。
イ 原告は、令和3年6月分の給与までは役職手当として月額10万円の支給を受けていたが、令和3年7月分(同年8月15日支給分)の給与からは、役職手当10万円の支給を受けていない。

(4)賞罰規程の定め

 被告の賞罰規程には、第5条に懲戒処分としての降格の規定はあるものの、それ以外に降格について定めた規定は存在しない。

(5)賃金規程の定め

 被告の賃金規程には、以下の定めがある。

(基本給の決定)
 第18条 基本給は各人の職務、能力、成績、経験、職位などを総合勘案し、各人ごとに決定する。
   2 社員の担当する職務内容、役職(職位)に変更があった場合は、基本給を変更することがある。
(役職手当・割増賃金見合)
 第23条(1項及び2項は省略)
   3 本社所属社員に支給する役職手当は、会社が定める職位別に、次の区分を設け定額(月額)支給する。ただし、会社が管理・監督職として処遇する職位にある社員を除く。
   (1)通常の労働(所定時間内)に対する役職手当
   (2)法定労働時間外労働に対する役職手当(割増賃金相当部分)
   (6)平成28年4月以降の役職手当
     被告における平成28年4月以降の役職手当の額は、以下のとおりである。
     部長   10万3000円
     次長   10万円
     課長    5万円


◇判例のポイント◇

(1)役職の降格に伴う賃金減額の労働契約上の根拠の有無

【被告の主張】

ア 原告と被告との間の労働契約においては、平成26年の入社時から、原告が次長の職にあることから、基本給とは別に、役職手当として10万5000円が支払われる合意であった。このことは、平成26年7月以降、原告に交付された給与明細に、基本給のほかに、役職手当等の記載があることから明らかである。

イ 仮に、原告の入社時に、月額賃金49万5000円とする労働契約を締結していたとしても、原告の労働条件は、平成28年4月1日に改定施行された賃金規程を含む就業規則及び本件確認書により、基本給26万8000円、役職手当10万円、固定時間外手当11万7000円、通勤手当1万5000円の総額50万円に変更された。

ウ 原告被告間の労働条件は、基本給のほかに役職手当等の合計月額が約50万円というものであり、原告が役職を外れた結果として役職手当10万円が減額されることは、労働契約に基づいた上でのものであるから、何ら問題はない。

【原告の主張】

原告と被告との間の労働契約は、基本給を月額約50万円とする契約である。
原告は、マネージャー候補の募集をしていた被告により、他業者での経験があることを評価されて、賃金を月額50万円程度(労働契約締結時は49万5000円)と定めて中途採用されたものであって、次長であるからという理由で賃金を定められたものではない(役職手当は、後付けで費目を振り分けたにすぎない。)。原告の賃金と役職は関連性がなく、本件降格処分を理由にして、被告が原告の賃金を一方的に減額できるものではない。被告による賃金減額は、労働者である原告にとって不利益な契約内容の変更であり、原告が合意していない以上、無効である(労働契約法8条)。

【裁判所の判断】

①平成28年4月の労働条件変更について

ア 証拠(によれば,原告の平成26年7月分から平成28年3月分までの給与の支給明細書には、基本給21万円、役職手当10万5000円のほか各種手当を含む総支給額が49万5000円と一貫して記載されている。そして、被告の賃金規程には、第23条で役職手当について規定されている(なお、同賃金規程は平成28年4月1日に一部改訂され、固定時間外手当の創設や、役職別の手当の見直し等がなされた形跡はうかがえるものの、役職手当自体がこの時に創設されたとまでは証拠上断定できない。)。
 証拠によれば、原告は、平成28年4月22日、基本給月額26万8000円、役職手当月額10万円と記載された本件確認書の「確認印」欄に自ら署名押印をしており、その際に異議等を申し出た形跡もない。 
 これらの事情を総合すると、原告と被告との労働契約の内容として、基本給のほかに、月額10万5000円の役職手当を支給する旨の合意が存在し、本件確認書により、役職手当が月額10万円に変更されたものと認められる。

イ なお、本件確認書により、役職手当の月額は5000円減少しているものの、基本給は増額されており、総支給額としても月額5000円の増額であること、原告の労働条件の変更は、固定時間外手当の創設や、役職別の手当の見直し等の賃金規程の変更に伴い、これに沿う形でなされたものであること等の事情を考慮すると、平成28年4月以降の労働条件変更が不利益変更に当たるとか、自由な意思に基づく合意がなされていないなどとは認められない。

②降格に伴い賃金が減少することについての労働契約上の根拠について
 前提事実(2)アのとおり、原告は、総務部次長として被告に採用されたものの、次長に職種を限定して採用されたことをうかがわせる事情はない。よって、被告は、原告につき、人事権の行使として、裁量の範囲内で役職の降格をなし得るといえる。
 そして、被告の賃金規程には、役職手当として、被告が定める職位別に定額の支給がなされる旨の記載がある(前提事実(5))ことから、人事権の行使としての降格に伴って役職手当が減額又は不支給になることについては、労働契約上、予定されているといえる。
 よって、降格されること及び降格に伴い役職手当が減額又は不支給になること自体については、労働契約上の根拠が認められる。

(2)本件降格が人事権の濫用に当たり無効か

【原告の主張】

以下の事情を考慮すると、本件降格及びこれに伴う賃金減額は人事権の濫用に当たり、無効である。本件降格及びこれに伴う賃金減額は、業務上の必要性に基づくものではなく、原告を退職させるために行われたものである。

ア 本件降格は、月額10万円もの給与の減額を伴うものであり、特段に厳しいものである。

イ 次長職から一般職への降格は、5階級(次長→課長→課長代理→係長→主任→一般職)もの降格であり、違法性が著しい非違行為をした場合などでなければ、処分の相当性を逸脱したものといえる。

ウ 原告には、本件降格に際し、弁明の機会が与えられておらず、被告が主張する降格理由は存在しない(事実誤認)か、降格の理由に当たらない事情が考慮されている(他事考慮)。

エ C専務は、被告の役員の家族の私的な事項(墓参りの運転手、旅行時の送迎等)に原告をはじめとする被告の従業員を従事させ、業務を滞らせることが多々あった。原告は、平成29年末頃に、私的な事項に従業員を従事させないよう、C専務に申し出たことがあった。それ以降、C専務は原告を邪険に扱うようになった(不当な動機目的の存在)。

【被告の主張】

以下のとおり、本件降格及びこれに伴う賃金減額には合理性、相当性があり、正当な人事権の行使によるものであるから、人事権の裁量の逸脱・濫用には当たらない。

ア 原告の職位が、次長から一般職に変更となった理由は、原告には仕事をさぼる、不正行為を行う等、管理職としてふさわしくない度重なる問題行動があり、かかる状況に改善が認められなかったからである。
 具体的には、別紙「裁判所作成メモ(2023.6.7書面準備の結果を踏まえたもの)」(以下「別紙メモ」という。)のとおりである。
 原告に対しては、平成30年8月22日以降、幾度も上記の問題行動について改善を促し、令和3年7月までの約3年間、様子を見てきたものの改善が認められなかったことから、顧問の社会保険労務士と相談の上、適正な手続を履践した上、やむを得ず、必要な範囲での降格、降給を行ったものである。

イ 原告について、役職者にふさわしくないとの声が多数の従業員から上がり、原告が役職者として存在することで各種業務も停滞していることからすると、原告は課長以下の役職者としても、職務権限を果たすことや、他の一般職や下位の役職者の指導監督をすることは期待できない。

ウ 原告が所属していた総務部においては、次長である原告の管理・指揮命令下にある部下は、主任扱いのD(中途採用の為、給与面では主任扱いであるが、業務内容は一般職である。)、一般職員のEのみであった。
 また、原告が配転後に所属することになった営業管理部においても、原告が配転される令和3年6月までは、部長のF、一般職のG、H、Jの4名体制であり、課長、課長代理、係長、主任の役職は空席であった。原告の配転後は、Gを主任に昇格させ、原告を含む一般職を監督させた。
 そうすると、総務部においても、営業管理部においても、課長、課長代理、係長の役職は存在せず、原告の降格は、実質的には次長→主任→一般職の2階級の降格にすぎない。

エ 賃金規定18条2項によれば、社員の担当する職務内容、役職(職位)に変更があった場合は、基本給を変更することができるところ、原告に対しては、役職を外れたことにより役職手当が支給されなくなっただけで、基本給40万円は減額されていない。また、配置転換により勤務部署は変更になっているものの、勤務場所の変更はない。よって、原告の不利益は大きいとはいえない。

【裁判所の判断】

①被告は、原告の降格の理由について、別紙メモのとおり主張し、(稟議書の放置)については、被告はこれを裏付ける証拠として各店舗の店長等の陳述書等を提出するほか、稟議書等を提出し、証人C及び証人Fもこれに沿う供述をする。しかし、提出された稟議書等のみからは、決済に時間がかかったことが原告のみの責任によるものであるかは直ちに明らかではなく、原告はこれを否定する陳述及び供述をしていることからすると、上記の陳述書等や証人らの供述は直ちに採用することはできず、ほかにこれを裏付ける的確な証拠はない。
 また、別紙メモ(和歌山県内の店舗に夕方行き、店舗には5分ほどしか滞在せず、大阪府岸和田市の自宅に直帰することを繰り返す。)、及び(仕事をさぼる)記載の事実についても、これを認めるに足る的確な証拠はない。

②もっとも、認定事実(2)~(6)によると、原告は、平成30年8月のC専務からの注意・指導の後、本件決意書を差入れ、C専務への報告、連絡、相談を今以上に行っていくこと等を約束したものの、しばらくすると、C専務から指示された業務週報の作成や帰宅時の声掛けを行うことを自らの判断で止める、M係長から、令和2年12月には本件歯科からの家賃の滞納があるとの報告を聞きながら、令和3年5月になるまで、C専務への報告をしないなど、本件決意書で約束したC専務への報告、連絡等を徐々に怠るようになっていたことはうかがえる。
 よって、原告について、人事権の行使としての降格をする業務上の必要性が全く存在しなかったとはいえず、原告を退職させるという不当な目的で行われたという原告の主張は採用できない。

③ただし、本件降格は、次長職から一般職への5階級もの降格であり、これに伴う賃金の減額幅も10万円と、原告の給与月額の20%に相当するものであって、原告の被る不利益が大きい(労基法91条参照)ことからすると、上記②のような原告の姿勢や、原告がマネージャー候補者として一定以上の能力を期待されて中途採用された者であること(前提事実(2)ア、認定事実(1))等の本件に現れた事情を十分考慮したとしても、降格幅及び賃金減額幅が極端に大きいと言わざるを得ず、客観的に合理的な根拠があるとは認め難い。
 よって、本件降格及びこれに伴う賃金減額は、被告の有する人事権の裁量を逸脱したものであって、人事権の濫用に当たり無効である

 



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