(判例)採用内定辞退扱いは採用内定の取消であるとして、地位確認請求が認められた例

地位確認等請求事件 東京高裁(令和5年12月18日)判決


◇事件の概要◇

本件本訴事件は、原告が被告に対し、被告において原告が内定を辞退したと扱ったこと(以下「本件内定辞退扱い」という。)は違法無効であると主張して、労働契約に基づき、
〔1〕労働契約上の権利を有する地位にあることの確認(本訴事件請求の第1項)、
〔2〕令和4年4月1日から本判決確定の日までの賃金(月額20万円)及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払(本訴事件請求の第2項)を求めるとともに、
〔3〕不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料200万円及び弁護士費用20万円並びにこれらに対する不法行為の日である令和4年3月28日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払(本訴事件請求の第3項)を求める事案である。


◇前提事実◇

(1)当事者
 ア 被告は、IT関連システム開発、コンピュータソフトウェアの開発、製造及び販売業務等を目的とする株式会社である。
 イ 原告は、中華人民共和国籍を有する平成6年生まれの男性であり、平成26年に来日した。平成30年4月に高崎経済大学地域政策学部地域政策学科に入学し、令和4年3月に同大学を卒業した。
(2)採用内定と労働条件
 ア 原告は、令和4年1月16日、被告代表者による採用面接を受けた。被告の担当者は、同月17日、原告に対し、社長が原告に対し内定を出すこと及びビザの申請をする旨連絡した。
 イ 原告と被告は、同年2月7日付けで、以下の内容等で雇用契約書を作成した(以下、当該労働条件を内容とする労働契約を「本件労働契約」という。)。
期間 令和4年4月1日から、期間の定めなし
給料 基本給20万円、交通費実費
支払期日 毎月末日締め翌月30日(銀行が休日のときはその前日)支払
(3)本件内定辞退扱い
 被告の管理部の従業員であるc(以下「c」という。)は、令和4年3月28日、原告に対し、「内定辞退受け入れ通知」を送った。
 本件内定辞退受入通知には、内定辞退の事由として、原告に入社前研修講座について大幅な進捗遅れがあったため、原告と被告代表者が話合いの上、原告が内定辞退を受け入れた旨記載されていた。
(4)原告の就労状況
 原告は、令和4年7月1日から、他社において有期の契約社員として就労し、月額賃金25万円(基本給20万円、職能給3万円、交通手当2万円〔みなし残業を含む〕)を得ている。


◇判例のポイント◇

本件の争点は、
〔1〕本件内定辞退扱いの有効性並びに無効である場合の原告の出勤拒否及び中間収入控除(争点1。本訴事件請求の第1項及び第2項)
〔2〕本件内定辞退扱いの不法行為の成否及び損害(争点2。本訴事件請求の第3項)

(1)争点1 本件内定辞退扱いの有効性並びに無効である場合の原告の出勤拒否及び中間収入控除
【原告の主張】
 ア 令和4年1月17日、原告と被告との間に、同年4月1日を就労開始日とする本件労働契約が成立した。
  原告は、内定辞退の意思表示も退職合意もしていない。本件内定辞退受入通知は、労働契約の一方的解約(内定取消し)の意思表示である。入社前研修講座について大幅な進捗遅れがあったとの理由で内定を取り消すことは客観的合理的理由を欠き、権利濫用に当たり無効である(労働契約法16条)。
  したがって、本件内定辞退扱いは無効であるから、原告は被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にある。
 イ 原告は出勤拒否などしていない。また、本件内定辞退扱いの後、原告が他社で就労していることをもって、原告において被告に労務を提供する意思がないとすることはできない。原告は、本件内定辞退扱いによって収入を絶たれたため生計維持のための収入を得るべく、また就労可能な在留資格を維持し日本にとどまるため、やむなく他社で就労したものである。
 ウ 原告が他社に就労して得ている収入の控除については、原告が他社で就労し始めた令和4年7月1日以降の期間について、被告が原告に支払うべき平均賃金の4割を限度として中間収入の控除が許されるにとどまる。

【被告の主張】
 ア 原告は、令和4年3月22日、被告代表者に対し、別の会社に行きたいと相談した。そこで、被告は原告による内定辞退を受け入れ、本件内定辞退受入通知を送付した。被告が一方的に内定を取消したものではない。
 イ 被告は、同月28日、別の会社に行かないのであれば、出勤するよう要請したが、原告は出勤を拒否した。その後も被告は原告に対し、同年4月3日、4日及び5日にも出勤を要請したが拒否された。原告は無断欠勤をしているのであって、被告が原告に給与を支払う理由はない。
 ウ 原告は、令和4年7月1日から被告以外の会社に就労している。仮に本件内定辞退扱いが無効となって原告の請求が認められるとしても他社からの収入を控除すべきである。

【裁判所の判断】

■本件内定辞退扱いの有効性について

前記前提事実(3)及び前記認定事実によれば、被告代表者は、令和4年3月、原告が被告で受講していた研修の進捗状況に不満を持ち、その旨を原告に伝えていたこと、被告は、同月22日には、原告に対し採用内定の辞退を促し、原告の研修を打ち切っていること、同月28日、原告に対し本件内定辞退通知を送付し、その中においても原告の入社前の研修の大幅な進捗遅れを指摘していたこと、原告は、被告の上記対応について、東京都労働相談情報センターに相談に行っていたことなどが認められる。

これらの事実からすれば、本件内定辞退扱いは、被告代表者が原告の研修内容等に不満を持ち、原告からの内定辞退の申出がないにもかかわらず、原告が採用内定を辞退したものと被告が取り扱ったものと認めるのが相当である。

これに対し、被告は、原告が、同月22日、被告代表者に対し、別の会社に行きたいと相談した旨主張し、被告代表者はこれに沿う供述をする。また、原告が被告の研修資料を利用して、被告で禁止されているリモートでの研修を行ったためにトラブルになった旨を供述する。しかし、原告は、就労ビザを取得しないと帰国を余儀なくされる立場にあったところ、同年1月17日に被告から採用内定を取得したことを受け、同月18日に得ていた他社からの採用内定を断っており、就労可能な在留資格のためには同年4月1日から被告に入社する必要性が高かったといえること、原告は、上記のとおり、東京都労働相談情報センターに相談に行っており、被告への入社実現に向けた行動をしていることなどが認められる。

このような状況において、原告が被告の採用内定を辞退することは考え難く、被告代表者の上記供述を採用することはできない。また、被告代表者は原告からリモート学習を相談された旨も供述し、原告からのチャットも指摘するが、同チャットは「社長、つまりsqlは私のほうで自分でこの操作を行うということでしょうか」という内容であり、原告自らが被告からの採用内定辞退を望むようなトラブルがあったものとは認められない。したがって、被告の上記主張を採用することはできない。 
そして、他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。

以上より、本件内定辞退扱いは、被告による労働契約の一方的な解約の意思表示(採用内定の取消し)であるところ、客観的合理的理由を欠き、権利濫用に当たり無効である。したがって、原告は被告に対し、本件労働契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあると認められる。

■原告の出勤拒否及び中間収入控除について

ア 前記認定事実によれば、被告は、令和4年4月3日及び4日、原告に対し、被告に出勤するよう伝えたが、原告は被告に出社しなかったことが認められる。しかし、原告は、同年3月28日に本件内定辞退扱いを受けた後、本件内定辞退扱いをどう処理するのか被告との間で話合いはされておらず、また、被告から本件内定辞退扱いを撤回するなどの意思表示もないままに出勤するよう伝えられており、被告から原告に対し適法な出勤命令があったと認めることはできない。したがって、原告が被告に出勤せずに、就労していなかったことは認められるものの、それは使用者である被告の責めに帰すべき事由によるものといえる。したがって、原告は被告に対する本件労働契約に基づく賃金請求権を失わない(民法536条2項)。

イ 原告が他社で得た収入については、民法536条2項に基づき、使用者たる被告に償還すべきであるところ、その控除額の上限については、労働基準法26条の趣旨にかんがみ、平均賃金の4割を限度とすべきものと解される。そして、「雇入れの日に平均賃金を算定すべき事由の発生した場合」の平均賃金は、「都道府県労働局長の定めるところによる」とされており(労働基準法施行規則第4条)、昭22・9・13発基17号は「雇入れの日に平均賃金を算定すべき事由が発生した場合には、当該労働者に対し一定額の賃金が予め定められている場合には、その額により推算」すると定めているところ、東京都労働局長は係る場合の平均賃金の算定方法について、「月給×3÷雇入れ当日前3ヶ月間の暦日数」で平均賃金を算出すべきことを定めている。本件においては、前記前提事実(2)によれば、本件労働契約において被告が原告に支払うべき賃金が月額20万円と予め定められており、雇入れ当日である令和4年4月1日の直前3か月間(同年1月1日から3月31日)の暦日数は合計90日であるから、平均賃金は20万円×3÷90日=6666円となり、その4割の額は2666円となる。
 また、このように控除し得る中間収入は、その発生の期間が賃金の支給対象期間と時期的に対応していることを要すると解する。
 そして、原告が他社から得ていた期間及び収入額は、前記前提事実(4)記載のとおりであり、口頭弁論終結時点で締日が到来していない令和5年10月分以降については、原告がこれに対応する収入を得たことを認定することができず、控除すべきものとは認められない。以上より、上記基準に従って原告の賃金請求権が認められる額を算定すると、別紙「認容額」欄記載のとおりとなる。
 よって、原告の賃金請求は、上記各金額及びこれらに対する各賃金の支払日の翌日から支払済みまで年3分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があり、これを超える部分については理由がない。

(2)争点2 本件内定辞退扱いの不法行為の成否及び損害

【原告の主張】
 被告による本件内定辞退扱いは、無効であると同時に、原告の労働契約上の権利を有する地位を違法に侵害する不法行為に該当する。さらに、その後の被告の不誠実極まりない対応も、原告の人格権たる名誉感情を著しく傷つける不法行為に該当する。したがって、被告は原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、原告の被った精神的損害を賠償する義務がある(民法709条、710条)。
 原告が被った精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料額は、200万円を下らない。また、被告の不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用相当損害金は、その1割に相当する20万円を下らない。

【被告の主張】
 否認し、争う。
 被告は、一方的な内定取消しはしていない。原告は、被告に対し、恐喝や詐欺行為等を行っている。

【裁判所の判断】

前記2記載のとおり、本件内定辞退扱いは無効であるところ、前記認定事実によると、原告は、被告の指示に従い入社前に事前研修を受けたが、その内容・進捗状況等について、被告から原告が不足する部分について具体的な指摘はなかったこと、採用内定辞退の申出をしていないにもかかわらず、被告から一方的に原告が辞退したという扱いをされたこと、本件内定辞退扱いの数日後には説明もなく出社を命じられるなどしたことなどが認められる。また、被告に対し、原告から、被告の対応について説明を求めても、原告からの連絡に応答しないなど原告からの連絡自体を拒絶されていたこと、原告は、被告に入社できなかったことにより、就労可能な在留資格を維持するため、3か月以内に新しい仕事を見つけられなければ帰国せざるを得ない状況に置かれたこと、このような状況に原告が精神的に追い詰められたことなども認められる。

上記事実関係の下では、本件内定辞退扱いは、留学生であった原告の生活状況を著しく不安定な状態に陥れるものであり、著しく相当性を欠くといえ、原告に対する不法行為を構成するというべきである。
 そして、上記事情を総合的に考慮すれば、原告には、財産的損害を回復してもなお償えない精神的損害が存在すると認めるに足りる特段の事情があるというべきであり、その慰謝料は30万円と認めるのが相当である。また、本件訴訟の内容及び経過等から、不法行為と相当因果関係が認められる原告の弁護士費用相当額は上記認容額の1割である3万円と認める。



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