(判例)休職期間満了に伴う解雇は有効であるとされた事例

地位確認等請求事件 東京地裁(令和5年3月10日)判決


◇事件の概要◇

本件は、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結して就労し、その後、休職期間満了により解雇された原告が、当該解雇は解雇権濫用に当たり無効であると主張して、被告に対し、以下の各請求をする事案である。
(1)労働契約上の権利を有する地位にあることの確認
(2)解雇後の月例賃金の支払(後記前提事実(3)のとおり、原告の賃金は毎月末日締め・同月20日払いとされていたが、請求は、毎月末日締め・翌月20日払いとして計算されている。)


◇前提事実◇

(1)当事者
ア 被告は、損害保険代理業、生命保険の募集に関する業務等を目的とする株式会社。
イ 原告は、平成19年6月27日、契約社員として被告に入社した後、平成20年4月1日、被告との間で正社員としての雇用契約を締結し(以下「本件雇用契約」という。)、就労を開始した。

(2)解雇に至る経緯の要旨
ア 原告は、被告に対し、平成28年12月8日、しばらく休暇を取りたい旨申し出て、その後、出社していない。
イ 被告は、原告に対し、平成29年5月1日頃、同日を始期とする、被告就業規則の定める傷病休職制度による休職命令(以下「本件休職命令」という。)をした。
ウ 被告は、原告に対し、平成31年4月20日、傷病休職制度の定める休職期間24か月(以下「本件休職期間」という。)が経過したとして、退職に必要な書類の提出を書面で促すことにより、解雇の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。


◇判例のポイント◇

<原告は業務上疾病にかかっていたかについて>

【原告の主張】
ア 原告は、平成28年4月頃、おおむね毎日午前9時から午後11時頃まで業務に従事しており、1か月の時間外労働時間の合計が100時間を超えることもしばしばあった。原告は、本件雇用契約や労働基準法に定められた就業時間を大きく超えた時間外労働に従事させられており、その影響で、うつ病を発症した。
 原告のうつ病の発症は、本来は労働災害に該当するものであったが、原告は、被告と協議の上、円滑に休職できるように傷病休暇制度を利用することとしたのである。
イ 原告は、業務に起因してうつ病を発症したものであり、本件解雇は、労働基準法19条1項による解雇制限に反するものであって無効である。

【被告の主張】
ア 原告の診断書の傷病名欄には、「抑うつ状態」であるとしか記載されておらず、原告はうつ病と診断されていない。
 被告は、原告に対し、就業時間を大きく超える時間外労働を課したことはなく、原告の1か月の時間外労働時間の合計が100時間を超えたこともない。原告の抑うつ状態は、業務に起因するものではない。休職命令は一定の要件のもとに被告が発するもので、原告と被告の協議によって決定されるものではない。
イ 原告の抑うつ状態は時間外労働を原因とするものではなく、業務上の疾病には該当しない。

【裁判所の判断】

(1)認定事実によれば、原告は、遅くとも平成28年12月上旬頃までに、睡眠時無呼吸症候群及び抑うつ状態を発症しており、この頃、上記各疾病により、就労不能であったと認めることができる。
(2)これらの疾病の発症につき、原告は、本件雇用契約や労働基準法に定められた就業時間を大きく超えた時間外労働に従事させられており、1か月の時間外労働時間の合計が100時間を超えることもしばしばあった旨主張し、同趣旨の供述をする。
 しかし、上記主張の裏付けとなる客観的な証拠はなく、かえって、原告の被告のネットワークへのアクセスログ、本社出退勤データ、D出張所の電話通話記録、最終退出者チェックリストからは、いずれも、原告が、精神疾患の発症につながるような長時間労働をしていなかったことも伺われるものであって、原告の主張は採用することができない。なお、勤務表に記載された始業・終業時刻は、原告の申告によるもので、きりの良い数字が記載されており、実際の始業・終業時刻をそのまま記載したものとは考え難く、同証拠に依拠して原告の時間外労働時間が短かったとする被告の主張は採用することができないが、そのことから、上記原告の主張する長時間の時間外労働が裏付けられるものではない。
(3)前記(1)の原告の疾病のうち、睡眠時無呼吸症候群については、その発症の原因を明らかにする証拠はなく、業務上の疾病であると認めることはできない。
 また、抑うつ状態についても、前記(2)のとおり、原告は、同人が主張するような長時間労働に従事していたわけではなく、原告の業務について、他に、強い心理的負荷があったと認めるに足りる証拠はなく、やはり、業務上の疾病であると認めることはできない。
 なお、認定事実によれば、原告の抑うつ状態と睡眠時無呼吸症候群が関連している可能性はあるということはできるが、一方が他方の原因となったか否かも明らかではなく、これらの疾病が業務上のものであったことを根拠付ける事情とはいえない。
(4)したがって、原告は業務上疾病にかかっていたと認めることはできず、本件解雇について、労働基準法19条1項の解雇規制は及ばない。

 

<本件解雇は解雇権を濫用したものかについて>

【原告の主張】
ア 原告は、本件休職期間が経過した後に復職を希望する意思表示をしたものであるが、その頃、担当医師から、うつ病の症状が改善し、復職が可能である旨伝えられていた。
 被告担当者は、原告に対し、令和元年4月18日、原告の復職希望の意思を確認することなく、退職することを前提に原告に連絡をし、同月19日、退職手続書類を発送するという、原告の復職希望を受け付けないという態度を示した。原告から被告に対する復職の意思の伝達が遅くなったのは、被告の態度に原因がある。
 本件解雇は、復職が可能であって、復職の希望を申し出ており、普通解雇されるべき責めに帰すべき事由のない原告を解雇するものであって、解雇権の濫用に当たる。
イ 一定の傷病休業期間を経過したにもかかわらず労働者が復職できなかった場合に、当然に解雇事由に当たるとする被告傷病休職取扱規則3条及び被告就業規則55条1項(以下「本件解雇規定」という。)は解雇権濫用法理に反し、公序良俗に反するものであって、無効である。
 仮に本件解雇規定が有効であったとしても、一定の傷病休職期間を経過した時点で従業員が完全に復職できないときに解雇事由とすると解するのは不当であり、労働者が、休職期間満了までに、従前の業務を完全にこなせるほどには回復していなくとも、ほどなくそのように回復すると見込まれる場合には、可能な限り軽減業務に従事させるべきである。本件解雇規定は、使用者である被告において、従業員が復職することを容認し得ない事由を立証して初めて、その復職を拒否することができることを定めたものと解釈するべきである。
ウ 厚生労働省が作成した「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」によれば、事業者が労働者の職場復帰の可否を判断する際には、その前提として、病気休業開始時及び休業中に労働者と連絡を取り、必要な情報提供をするなどのケアをすべきである。しかるに、本件で、被告は、そのようなことをすることなく、安易に原告の職場復帰が不可能であると決めつけている。また、職場復帰支援の手引きによれば、職場復帰の可否を判断する際には、情報の収集と評価が必要とされ、その一環として、主治医からの情報収集や主治医に対する情報の提供が必要とされているが、被告は、原告の主治医と面談してもいない。これらは,雇用主が負担する安全配慮義務の一内容であり、被告は、これらの義務に違反している。

【被告の主張】
ア 原告は、被告が平成31年4月19日付けで退職手続書類を送付するまでに数回にわたって連絡したにもかかわらず、本件休職期間満了までに、復職できる意思を何ら示していない。復職可能であるとする担当医師の診断書も本件休職期間満了後に作成されたもので、原告は当該診断書の提出後も連絡が取れない状況であった。 
 原告は、顧客と密に連絡を取り合う保険の募集業務に復職可能な状態にはなく、基本的な連絡すら取りあうことができない原告を、その他の業務に従事させることもできなかった。原告は、本件休職期間満了時点で、休職の原因となった抑うつ状態が治癒していなかったものである。
 また、被告は、原告の復職希望を受け付けないという態度を示していない。
イ 原告は、本件休職期間満了までに復職できる旨の通知やその旨記載された診断書の提出も行っておらず、本件解雇規定を、被告において、原告が復職することを容認し得ない事由を立証して初めて、その復職を拒否することができると解釈することは著しく不合理である。
ウ 使用者は、労働基準法等により職場復帰支援の手引きの記載内容の順守を義務付けられてはいない。また、原告は、本件休職命令前及び本件傷病休職期間中に被告からの連絡に応じておらず、不安な点等の開示もなく、メールのやり取りすらできない状況であったが、それにもかかわらず、被告は、原告に対して傷病休職見舞金を支給し、病気休業開始及び休業中のケアを適切に行っていた。また、本件では、原告から本件休職期間満了までに復職の意思表示がないから、被告から主治医に対して情報提供を行う必要もなかった。

【裁判所の判断】

ア 本件において、原告は、業務外の傷病である睡眠時無呼吸症候群及び抑うつ状態により就労不能に陥り、その期間が50日以上継続したため、本件休職命令を受けたものである。そして、本件休職期間中、原告は、月1回から2回の頻度で本件クリニックでの受診を継続して抗うつ薬の処方を受けており、抗うつ薬を服用している間は調子が良いが、薬がなくなると寝たきりの状態になってしまうなどと訴えており、平成31年2月頃以降、受診をしなくなった時期もあるものの、医師の判断によるものとは認めることはできず、原告の症状が明確に好転していた形跡はない。さらに、平成30年以降は、被告から原告に対して連絡が度々試みられたものの、原告の対応としては、平成31年4月18日に、体調不良のため対応できないと記載したメールを送信したのみであり、本件休職期間満了後も、やはり体調不良のため面談ができないなどと述べて、被告従業員との間のコミュニケーションがほとんど不可能であったことからすれば、本件休職期間満了後に作成された令和元年5月診断書に、抑うつ状態の症状に改善が見られ、同月31日時点で復職が可能である旨記載があることを踏まえても、本件休職期間満了までに、原告が、被告において、従前の業務である生命保険及び損害保険の営業業務に従事することが可能になっていたと認めることはできない。さらに、上記のとおり、本件休職期間満了時において、被告従業員とのコミュニケーションですらほとんど不可能であったという原告の状態からすれば、同時点において、ほどなく従前の業務をこなせる程度に回復すると見込まれていたともいえず、また、仮に原告を配置転換するとしても、その当時の原告において、債務の本旨に従った労務の提供が可能となるような軽減業務があったと認めることもできない。
 したがって、原告につき、本件休職期間満了までに、本件雇用契約に基づく就労義務の本旨に従った履行が可能となる程度にまで傷病休職の原因となった睡眠時無呼吸症候群及び抑うつ状態が治癒していたということはできない。

イ 本件解雇の意思表示は、本件休職期間中である平成31年4月20日にされたものであるが、被告の意思を合理的に解釈すれば、本件休職期間の満了を停止期限とするものと解することができる。そして、原告において、雇用契約に基づく就労義務の履行がない状況が2年間以上継続しており、本件休職期間満了により、被告就業規則、傷病休職取扱規則に基づく解雇猶予の効果も及ばなくなっていることからすれば、本件解雇には客観的合理的理由があり、社会通念上も相当なものであったというべきであり、解雇権濫用には当たらない。

ウ(ア)原告は、被告が、原告の復職希望の意思を確認することなく、退職することを前提に原告に連絡をし、原告の復職希望を受け付けないという態度を示したために、復職の意思の伝達が遅くなった旨主張する。しかし、被告が原告の復職希望の意思を確認するか否かは、本件休職期間満了による解雇猶予の終了とは無関係である。また、本件解雇規定においては、従業員に対し、休職期間の満了時に退職届を提出することを求める規定が置かれているところ、被告就業規則、傷病休職取扱規則に基づく傷病休職の性質からすれば、解雇猶予の効果がなくなる時点で、本件解雇規定に基づく解雇に先立って、自主退職を求めること自体は、不合理なものではないということができるから、被告が、本件休職期間満了が近づいても、被告従業員とのコミュニケーションがほとんど不可能であった原告に対し、上記規定に基づいて、退職届の提出を求めることが、不当な措置であったということはできない。また、前記アで説示したとおり、原告につき、本件休職期間満了までに、睡眠時無呼吸症候群及び抑うつ状態が治癒していなかったのであるから、原告の復職申し出が遅れたとしても、本件解雇が無効ではないという結論に影響を及ぼすものではない。
(イ)原告は、職場復帰支援の手引きの記載を踏まえて、被告が、病気休業開始時及び休業中に原告と連絡を取り、必要な情報提供をするなどのケアをすることなく、安易に原告の職場復帰が不可能であると決めつけていること、原告の主治医からの情報収集や主治医への情報提供をしていないことをとらえて、安全配慮義務に違反していたと主張する。
 しかし、職場復帰支援の手引きの内容は、従業員がメンタルヘルス不調により休業した場合に使用者がとるべき望ましい措置が紹介されているものではあるが、当該措置をとることが直ちに安全配慮義務の内容となるとは解されない。さらに、本件においては、前記アで説示したとおり、本件休職期間満了時においても、原告と被告従業員との間のコミュニケーションがほとんど不可能であったことからすれば、被告が、同手引きの内容を履践することは困難であったというべきである上に、仮にこれを行ったとしても、本件休職期間満了時における原告の状況が好転していたとは考え難い。
(ウ)したがって、原告の主張はいずれも採用することができない。



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