(判例)リモートワークの従業員に出社を命じたため生じた不就労は会社に帰すべき事由であるとされた事例

残業代等請求本訴事件/過払賃金返還請求反訴事件 東京地裁(令和4年11月16日)判決


◇事件の概要◇

(1)本訴は、被告の従業員として、主としてリモートワーク(事務所に出社せずに自宅で労務を提供することをいう。以下同じ。)で業務に従事していた原告が、次の各請求をする事案である。
〔1〕労働契約に基づき、令和3年2月分の賃金(未払分)5万7144円並びにこれに対する確定遅延損害金19円(令和3年4月1日(同月分の支払期日の翌日)から同年4月4日(原告が被告を退職した日)までの民法所定の年3%の割合によるもの)及び同月5日から支払済みまで賃確法(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項及び同法施行令1条をいう。以下同じ。)所定の年14.6%の割合による遅延損害金
〔2〕被告の違法な懲戒処分等によって原告は労務を提供できなかったと主張して、民法536条2項に基づき、令和3年3月分の賃金(未払分)及び同年4月分の賃金(原告が被告を退職した同月4日までの分)として40万円及びこれに対する令和3年5月5日から支払済みまで賃確法所定の年14.6%の割合による遅延損害金
〔3〕原告は、所定労働時間外にも労務を提供したと主張して、割増賃金として23万9387円並びにこれに対する確定遅延損害金3348円(各支払期日から同年4月4日(原告が被告を退職した日)までの民法所定の年3%の割合によるもの)及び同月5日から支払済みまでは賃確法所定の年14.6%の割合による遅延損害金
〔4〕被告代表者が無効である懲戒処分を行ったこと等は原告に対する不法行為を構成すると主張し、会社法350条に基づき、損害賠償金44万円及びこれに対する令和3年4月4日(不法行為の後の日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払

(2)反訴は、被告が、原告の報告していた勤務時間に虚偽報告等があると主張して、原告に対し、労働契約の内容となっている賃金規程に基づき、返還すべき不就労時間分の賃金として103万2431円及びこれに対する令和4年5月18日(反訴の訴え変更申立書の送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金を請求する事案である。


◇判決◇

未払賃金等支払請求一部容認 損害賠償等請求棄却(本訴)
不当利得返還請求棄却(反訴)


◇前提条件◇

(1)当事者
 被告は、ITソフト開発やSESなどの事業を行っている株式会社であり、原告は、被告の従業員であった者。

(2)事実経過
 ① 原告と被告は、令和2年5月8日、
 〔1〕賃金月額を40万円
 〔2〕賃金は毎月末日締め翌月末日に支払うことなどを内容とする労働契約(以下「本件労働契約」という。)
 を締結した。
 本件労働契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には、就業場所について「本社事務所」と、賃金月額には「毎月45時間分のみなし残業」が含まれる旨の記載があった。

 ② 原告は、被告との間で本件労働契約を締結した後は、令和3年3月3日まで自宅(埼玉県α)で業務を行い(令和2年12月18日から令和3年2月10日までは休職。)、初日のほかに、被告の事務所(東京都台東区)に出社したのは一度だけであった。
  原告が自宅で業務を行っている際には、Slackのダイレクトメッセージ機能(以下「メッセージ機能」という。)を用いて、他の従業員との間で被告代表者について誹謗中傷ととれる内容を含むやりとり(以下「本件やり取り」という。)が含まれていた。

 ③ 令和3年3月2日、原告が本件やり取りを行っていたことが判明したことから、被告代表者は原告に対し、原告を同月4日から出勤停止1か月等とする懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を決定し、原告に通知した。
  同メールに添付された「処分通知」と題する文書には、処分理由として業務中に会社の誹謗中傷を行い、秩序を乱したなどと記載されるとともに、「出勤停止後は管理監督の観点から、社内SNSの利用とリモートワークを禁止とし通常出勤とする」旨の記載あった。

  原告は、本件懲戒処分は不当に重すぎる等と記載したメールを送ったところ、被告代表者は、「出勤停止は置いといて。最終的な決定がでるまでは、勤務中にしていたこともあり、管理監督の観点からリモートワーク禁止とし、明後日から会社への通常出勤をお願いいたします。出勤が無い場合はもちろん欠勤扱いとさせて頂きます。」とのメールを送り、被告の事務所への出勤を求めた(以下、これを「本件出社命令」という。)。

 ④ 令和3年3月3日、被告代表者は原告に対し、「通常出勤については、処分に異議があるとのことなので、今回の処分は保留といたしました。…」とのメールを送った。原告は、同月4日以降、被告の事務所には出勤しなかった。

 ⑤ 令和3年3月6日、被告代表者は原告に対し、「2021年度3月期人事考課」と題する書面を送付し、業務態度に問題があったなどとして、原告を降給とし、基本給を36万円とする旨を通知した(以下、これを「本件降給」という。)。

 ⑥ 令和3年3月10日、原告は被告代表者に対し、同月4日以降は有給休暇を使用したい旨のメールを送ったところ、被告代表者は、これに対して、引継ぎをしてから有給消化を取得するように指示した。

 ⑦ 令和3年3月18日付で、被告代表者は就業規則46条1項7号(会社に届出のない欠勤があり、欠勤開始日から14日間経過した場合には、当該経過した日をもって退職とする旨の規定)に基づき、原告を退職扱いとし(以下、これを「本件退職扱い」という。)、同月19日、原告にこれを通知した。

 ⑧ 令和3年3月22日、原告は被告に対して退職の申入れを行い、遅くともその2週間後である同年4月4日には、被告を退職した。

 ⑨ 被告は、令和3年2月分の賃金(同年3月末日支給)については、原告が労務の提供を行ったにもかかわらず、その一部(5万7144円)を支払っていない。また、被告は、同年3月分以降の賃金については、原告の欠勤を理由に同月分として3万8095円のみを支払った。

 ⑩ 被告においては、業務用に用いるパソコンには、当該パソコンのキー操作数、マウス操作数、見ているウィンドウタイトル等を取得するためのツール(以下「本件ツール」)がインストールされていた。


◇判例のポイント◇

<本件出社命令の有効性>

【被告の主張】
 本件労働契約においては、就業場所が本社事務所となっており、被告は、全ての社員に必要に応じて出社を求めていたところ、被告は、原告が本件やり取りを含めて長時間(99時間50分)にわたって業務に関係ないやり取りをしていたことを踏まえて、管理監督上の観点から、出社を求めたものであって、本件出社命令は適法な業務命令である。原告は、家庭の事情、原告の体調、通勤時間等を理由に出勤できない旨主張するが、被告にはそのような点については何の相談もなかったから、本件出社命令が権利の濫用となることはない。

【原告の主張】
 本件出社命令は、本件懲戒処分とともにされているところ、本件懲戒処分が無効である以上、本件出社命令も無効である。また、原告はリモートワークを前提として採用されており、原告と被告との間では、原告がリモートワークにより勤務する旨の合意があったから、本件出社命令が業務命令であるとしても、これに反して無効である。仮に、そのような合意があったとは認められないとしても、原告に出社を強制する必要性はなかった一方で、原告は小さな子供の世話をする必要があり、しかも体調も万全ではなかったから、往復2時間以上の時間を要する本社事務所へ出勤をすることは著しく困難であった。本件出社命令は、業務上の必要性が乏しいにもかかわらず、被告代表者が原告の出勤困難な状況を認識して命じたものであるから、使用者の権利を濫用するものであり、無効である。

【裁判所の判断】
証拠によれば、本件労働契約に係る契約書には、その就業場所は「本社事務所」とされているものの、被告代表者自身が、〔1〕デザイナーは自宅で勤務をしても問題ない、〔2〕リモートワークが基本であるが、何かあったときには出社できることが条件である旨供述していること、〔3〕現に、原告は、令和3年3月3日まで自宅で業務を行い、初日のほかに、被告の事務所に出社したのは一度だけであり、被告もそれに異論を述べてこなかったことからすると、本件労働契約においては、本件契約書の記載にかかわらず、就業場所は原則として原告の自宅とし、被告は、業務上の必要がある場合に限って、本社事務所への出勤を求めることができると解するのが相当である。

<被告の責めに帰すべき事由>

【原告の主張】
 原告が令和3年3月4日以降に労務の提供をしていないのは、被告が〔1〕違法無効な本件懲戒処分を行って、原告を出勤停止とするとともに(被告は、本件懲戒処分を撤回した旨主張するが、その後のやり取り等からすると撤回されていないというべきである。)、〔2〕本来は、原告に出社を求めることができないはずなのに、本件出社命令を発し、さらには〔3〕原告の年次休暇の取得を違法に拒否した後に、退職事由に該当しないのに本件退職扱いとしたためであるから、被告の責めに帰すべき事由によるものである。

【被告の主張】
 被告代表者は、有効な業務命令として、本社事務所への出勤を求めたのに対し、原告が欠勤をし、さらにこれが続いたことから被告は本件退職扱いをしたにすぎない。また、原告は、本件懲戒処分により出勤停止となったことも原告が労務を提供しなかった理由としているが、被告代表者は、本件懲戒処分は有効ではあるものの(、これを保留としており、原告が労務を提供しない理由にはならない。

【裁判所の判断】

前記認定事実によれば、原告が令和3年3月4日以降、労務の提供をしていないことは、被告が事務所に出社を命じることができないにもかかわらず、これを命じたためであり、被告の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものというべきである。

<労働時間>

【原告の主張】
ア 原告は、毎月、工数実績表に労働時間を記載しており、被告はこれを見て、時間外労働を行うことを容認していたから、このとおり時間外労働を行ったと認められるべきである。
イ 被告は、パソコンの起動が就業時間の計算の基準となる旨主張するが、実際にパソコンを起動していないとしても(起動前又はシャットダウン後であっても)、業務を行っていたのであれば労働時間とすべきである。特に原告はデザイナーであり、クロッキー帖でスケッチするなどの時間もあったから、パソコンの操作記録がない時間であっても労働時間に該当する。被告は、本件やり取りをしていた時間を労働時間でないとも主張するが、本件やり取りを含め、メッセージ機能を用いた会話は、すべて業務に関係するものである。

【被告の主張】
ア 原告が毎月、工数実績表に労働時間を記載し、被告に報告していたことは認めるが、これらの時間に全て労務の提供を行っていたことは否認する。
イ そもそも、就業規則においては、所属長が時間外労働を命じた場合又は事前に所属長から許可を受けることが必要であるところ、そのような事情はないため、時間外労働とは認められない。
 また、被告の就業規則上は、始業時刻前にパソコンの起動等の準備を行う旨の規定があり、パソコンの起動が就業時間の計算の基準となるところ、本件ツールのログによれば、原告が主張する労働時間にはパソコンの操作がない時間が多く含まれており、所定労働時間に相当する労務の提供もなかった。また、パソコンを操作していた時間であっても、原告には本件やり取りを行うなど業務を行っていない時間があった。

【裁判所の判断】

(1)原告は、別紙のとおり労務を提供した旨主張し、原告が毎月被告に提出していた工数実績表に労働時間について記載があることは、一応これを裏付けるものといえる。
 しかしながら、〔1〕原告は使用者の面前での指揮監督を受けることなく、自宅で勤務を行っていたこと、〔2〕原告が子供の保育園への送迎等を理由に契約書に記載された勤務時間の変更を申し出たところ、被告代表者は8時間の勤務時間が確保できれば勤務時間帯については幅をもって構わないと言ってこれを了承し、現に原告が申告する勤務時間については始業時間、終業時間が一定していないことからすると、原告はその就業時間について一定の裁量をもって労働していたといえること、〔3〕本件ツールのログによれば、パソコンが操作されない時間が一定程度あり、この時間が全て労務を提供していない時間とまでは認められないとしても、原告が主張する時間全てについて労務を提供したことに疑義を生じさせるものであることからすると、工数実績表のみでは、原告の労働時間の立証としては不十分といわざるを得ない。本件で他に労働時間を認定するための的確な証拠もないことを踏まえると、原告が工数実績表のとおり労務を提供したとまでは認められない。

(2)他方で、被告は、本件ツールにより、〔1〕勤務開始の申告より後にパソコンの作業が開始されている時間、〔2〕勤務終了の申告より前にパソコンの作業が終了している時間、〔3〕5分間でほとんどパソコンの操作がないとされた時間、〔4〕欠勤した日の終日について、原告が就労していなかった旨主張し、その証拠として、本件ツールにより集計した結果を提出する。
しかしながら、原告の職種はデザイナーであり、デザイン業務を行う上ではパソコンで作業しないこともあることからすると、就業規則の規定内容を考慮しても、上記〔1〕ないし〔3〕の時間について、原告が労務を提供していなかったとまでは認められない。加えて、被告は、原告から毎月工数実績表の提出を受け、さらには本件ツールによるログの確認をすることができた中で、実際に原告の不就労時間を問題にすることなく賃金を支払っていることからすると、仮に原告が勤務していない時間があったとしても、被告は賃金規程6条に基づく賃金の控除をすることを放棄したとみるべきであって、現時点において賃金規程に基づき、当該時間に相当する賃金の返還を請求することはできないというべきである。



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