(判例)賃金減額等の有効性及び固定残業代の定めの適法性

賃金減額等の有効性及び固定残業代の定めの適法性に関するについて紹介をしたいと思います。
木の花ホームほか1社事件(宇都宮地裁令和2年2月19日・労判1225号57頁)


◇事件の概要◇
本件は,Y及びその親会社Y1の従業員であったXが,(1)Yホームに対し,雇用契約に基づき,
①一方的な給与減額により生じた未払賃金249,999円
②未払の時間外手当(割増賃金)8,596,109円並びにこれらに対する各支払日の翌日から退職日(平成26年6月30日)+遅延損害金の支払
③1⃣労働基準法(以下「労基法」という。)114条に基づく付加金8,368,740円+遅延損害金の支払
 2⃣親会社Y1に対し,雇用契約に基づき
  ・一方的な給与減額及び住宅手当のカットにより生じた未払賃金等1,279,496円
  ・未払の時間外手当(割増賃金)6,625,869円+遅延損害金の支払
  ・労基法114条に基づく付加金6,486,036円+遅延損害金の支払
  ・被告らに対し,被告ら代表取締役らからパワハラ被害を受けたとして,共同不法行為に基づき,連帯して,損害賠償金(パワハラ慰謝料)5,200,000円+遅延損害金の支払を求めた事案である。


◇前提条件◇
・基本給300,000円、職務手当283,333円(時間外労働131時間14分に相当する定額残業手当)とする雇用契約を締結していた。
・Xの当初の賃金について、基本給を23,700円増額し、新たに役職手当60,000円支給する一方、職務手当を167,033円減額した。(賃金減額①)合計で83,333円の減額
・XはY1へYと同様の雇用条件で転籍し①の賃金について、基本給を62,500円減額し、職務手当を700円増額した。(賃金減額②)合計で64,500円の減額(当初からは147,833円減額)
賃金減額①、②について、Y,Y1の代表取締役AはXに対し、減額の根拠について詳細な説明は行わなかったが、Xは格段異議を述べなかったものの、減額に同意する旨の書面は提出しなかった。


◇判例のポイント◇
〇賃金減額の有効性について〇
1⃣賃金減額①について
 一般に、賃金が最も重要な労働条件であり、その引き下げが労働者の生活に重大な影響を及ぼすことに鑑みると、労働者の賃金減額に対する同意は,その自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から判断すべきである。(最高裁平成28年2月19日第2小法廷判決・民集70巻2号123頁参照)
 Xは、Yに入社して間もなく、心臓疾患(虚血性心疾患)を発症し、C大学病院で冠動脈バイパス手術を受け、勤務を再開したものの、Yら代表者から社長室次長として期待された勤務を行うには未だ十分ではなく、その仕事ぶりは精彩を欠いていたこと、そのためYら代表者から暗に退職勧奨を受けていたというのであるから、Xは、Yらにおける就労を続けるためには、本件賃金減額①程度の不利益は受入れざるを得ない状況にあったといえなくもない
 しかし、主治医作成の診断書によると、原告の術後の経過は良好であって就労も可能とされており、Xは通常の勤務であればこれをこなすことが可能な状態であったこと、また、本件給与減額①は基本給(能力給)を323,700円に増額すると共に、新たに副部長職相当の役職手当60,000円を支給する一方、後に検討するとおり固定残業代としての性格を有する職務手当を283,333円から116,300円に減額するというものであって、それ自体、心疾患等による職務遂行能力の低下が原因であることをうかがわせる内容のものではなく、むしろ、Xに対し長時間に及ぶ残業を期待することが困難になったことによる職務手当(固定残業代)の切り下げを意図したものであることがうかがわれること、そして、Xは、術後からYらの勤怠管理(特に残業時間の管理)の在り方について疑問を抱き、X自らの出社・退社時刻を記録するようになっていたものであり、上記のような職務手当(固定残業代)の大幅な切り下げを伴う減給の提案に容易く応じられるような状況にはなかったこと、さらに、Yら代表者は、本件賃金減額①の上記内容を踏まえ、減給の根拠や理由等についてこれを受け入れざるを得ないような合理的な説明を行った形跡はうかがわれないことなどの事情を合わせ考慮すると、Xが、自由な意思に基づき本件給与減額①に対し同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたとは認められず、本件給与減額①に対してXの同意があったものといえない
 次に、本件賃金減額①は降格処分として有効か否かについて検討すると、確かに、Xは、YがわざわざXのために設けた「社長室」部門の次長であって,給与の額も取締役に次ぐ高額なものであったにもかかわらず、Xは、Yら代表者から社長室次長として期待された勤務を行うには未だ十分ではない状態にあったことや、Yら代表者から暗に退職勧奨を受けていたこと、そして、Yは、Xのため設けた「社長室」部門を閉鎖していることなどからみて、本件賃金減額①は、一種の降格処分に伴って行われたものとみることも不可能ではない。しかし、本件賃金減額①は、それ自体、心疾患等による職務遂行能力の低下が原因であることをうかがわせるような内容のものではなく、むしろ,原告に対し長時間に及ぶ残業を期待することが困難になったことによる職務手当(固定残業代)の切り下げを意図したものであることをうかがわせること、本件雇用契約だけでなく、Yの就業規則の内容を子細に検討しても、降格に伴う賃金減額の根拠となり得る規定は何処にも見当たらないことなどの事情に照らすと、本件賃金減額①が一種の降格処分に伴って行われたものであるとは認められないし、また、仮に、そうであったとしても、これを可能にする明確な就業規則上の根拠規定が存在しない以上、当初の賃金額を約15%も切り下げる本件賃金減額①は無効と解するのが相当である。
※以上のとおりであるから、本件賃金減額①は、いずれにしても、当初の賃金額を減額する効果を有するものではない

2⃣賃金減額②について
 まず、Xは、本件賃金減額②に対して同意したか否かから検討とすると、確かに、Xは、Y代表者からの本件賃金減額②に対して格別異議を唱えてはいない上、Xは、本件賃金減額①が行われた後、1か月余りが経過してY1に転籍を命じられ、同被告の企画部において新規事業の企画立案を担当していたものの、その仕事ぶりは精彩を欠き、これといった成果も上げられない状態が続き、代表者であるAの目には勤務意欲が明らかに減退しているように見えたというのであるから、少なくとも客観的にみる限り、Xには本件賃金減額②を受け入れざるを得ない状況が生じていたことは否定し難い
 しかし、その一方で、本件賃金減額②の内容は、本件賃金減額①において大幅に減額された職務手当(固定残業代)を700円微増させるにとどまる一方、本件賃金減額①後の基本給(能力給)を約20%も大幅に減額させるものであって、被告らの勤怠管理(特に残業時間の管理)の在り方について疑問を抱き、自らの出社・退社時刻を記録するようになっていたXにとっては到底受け入れ難い内容のものであること、そして、Y代表者のAは、本件賃金減額②の上記内容を踏まえ、減給の根拠や理由等についてこれを受入れざるを得ないような合理的な説明を行った形跡はうかがわれないことなどの事情を合わせ考慮すると、原告が自由な意思に基づき本件賃金減額②に対し同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたとは認められず、本件賃金減額②に対してXの同意があったものといえない
 次に、本件賃金減額②は降格処分として有効か否かについて検討すると、確かに、Xは、本件賃金減額①後、Y1に転籍し、その企画部において新規事業の企画立案を担当していたものの、その仕事ぶりは精彩を欠き、これといった成果も上げられない状態が続き、その代表者である乙山の目には勤務意欲が明らかに減退しているようにみえたこと、そして,本件賃金減額②の内容も、その能力給たる基本給部分を本件賃金減額①後のそれから約20%も大幅に減額させるものであることなどの事情に照らすと、本件賃金減額②が降格処分として行われたものとみることも可能である。
しかし、その一方で、Y1の就業規則の内容を子細に検討しても、降格に伴う賃金減額の根拠となり得る規定は何処にも見当たらず、本件雇用契約を引き継いだY1と原告との間の雇用契約においては、降格に伴って一方的に賃金が減額されることは予定されていなかったものと解するのが合理的であるから、基本給(能力給)の約20%もの切り下げを伴う本件賃金減額②は,降格処分としても無効であるといわざるを得ない
 なお,Xは,勤務時間内において,秘密裏に,Y1のパソコンを業務目的以外に使用したり,あるいは,同じく上記パソコンを利用して,秘密裏にYらに対する訴訟の準備行為をしていたことがうかがわれる。しかし,被告らの就業規則においては,これらの服務規律違反行為は「懲戒の事由」として位置付けられているにとどまる上、そもそも本件賃金減額②の時点では、Yらはかかる原告の非違行為を把握していなかったのであるから、上記降格処分の対象とはなり得ないものというべきである。
※以上のとおりであるから、本件賃金減額②は、いずれにしても賃金減額の効果を有するものではない

〇固定残業代の定めについて〇
 本件固定残業代の定めの有無、Xに支払われた職務手当は、本件各雇用契約において時間外労働等に対する対価として支払われるものと定められていたか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断するのが相当である(最高裁平成30年7月19日第一小法廷判決・集民259号77頁参照)。
 事実によれば、Yらは、その賃金規程17条において職務手当の性質につき、「時間外労働に対する割増賃金として」支払われるものであることを明記した上、件雇用契約の締結に当たって、「職務手当」の性質を確認すべく、Xに対し、本件給与通知書を交付し、「原告の給与」が「月額:583,333円(基本給(能力給)300,000円、職務手当283,333円)」であること、そして、その「職務手当」283,333円は「時間外労働に対する割増賃金の定額払い」であって時間外労働は131時間14分に相当するものであることを明示している。また、原告に対して支払われた職務手当は、1か月当たりの平均所定労働時間(173.75時間)を基に計算すると上記のとおり約131時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであるところ、Xの実際の時間外労働等の状況との間に一定のかい離が認められるものの、上記固定残業代としての性質を否定するほど大きくかい離するものではない(むしろ、上記時間外労働時間数は1か月平均80時間を優に超えおり、上記131時間分の時間外労働の約3分の2に及んでいる上,1か月100時間を超えている月は6か月,90時間を超えている月になると17か月に及んでいる。)。これらによれば、Xに支払われていた職務手当は,本件雇用契約において時間外労働に対する対価として支払われるものとされていたこと(本件固定残業代の定め)が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
・本件固定残業代の定めの効力
 本件固定残業代の定めとXの実際の時間外労働時間数は固定残業代としての性質に疑義を生じさせるほど大きくかい離するものではないが、ただ、そのかい離の幅は決して小さいものではなく、平均すると約50時間のかい離が生じている。その結果、かかる本件固定残業代の定めの下では、労働者(X)は、1か月当たり平均80時間を超える時間外労働等を行ったとしても、清算なしに約131時間分の割増賃金(28万3333円)を取得することが可能となるため,常軌を逸した長時間労働が恒常的に行われるおそれがあり、実際、Xの時間外労働時間数は1か月平均80時間を優に超えているだけでなく,全26か月中、時間外労働等が1か月100時間を超える月は6か月,90時間を超えている月になると17か月にも上っていることなどに照らすと、本件各雇用契約の内容として本件固定残業代の定めがあることは事実としても、その運用次第では、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させる危険性の高い1か月当たり80時間程度(平成22年5月7日付け基発0507第3号による改正後の厚生労働省平成13年12月12日付け基発第1063号参照)を大幅に超過する長時間労働の温床ともなり得る危険性を有しているものというべきであるから、「実際には、長時間の時間外労働を恒常的に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情」が認められない限り、当該職務手当を1か月131時間14分相当の時間外労働等に対する賃金とする本件固定残業代の定めは,公序良俗に違反するものとして無効と解するのが相当である。
 そこで最後に、上記特段の事情の有無を検討すると,本件全証拠によっても、上記特段の事情を基礎付けるに足りる事実は認められず、むしろ、Xの実際の時間外労働時間が優に1か月80時間を超え、減少する兆しなど全く認められない期間が長期に渡って続いていたことや,Xが本件雇用契約の締結後間もなく心臓疾患(虚血性心疾患)を発症し、C大学病院で冠動脈バイパス手術を受けたことがあるにもかかわらず,被告らは,自らのリスク回避のためXから誓約書を取り付けただけで、その健康維持と心疾患の再発防止に向けた具体的な措置を講じようとした形跡が認められないことなどからみて、上記特段の事情は存在しないことがうかがわれる。
※以上によれば,本件固定残業代の定めは公序良俗に違反し無効であると解される。

定額残業手当を設定しているから大丈夫ということではありません。
適切な設定、運用が行われるということが大切になってきますので、導入しているからOKということがないか確認してみてしょう。



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Athrunとは?