(判例)会社のした解雇は客観的合理的理由は認められないとされた例

地位確認等請求事件 大阪地裁(令和5年1月27日)判決


◇事件の概要◇

本件は、原告が、被告との間で始期付解約権留保付労働契約(採用内定)が成立し、その始期が到来した後、被告が原告を雇用できない旨の通知をしたのは解雇の意思表示に当たるとした上で、同解雇は解雇権を濫用したものであり無効であるとして、労働契約に基づき、被告に対し、
〔1〕労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、
〔2〕民法536条2項による令和2年11月分から令和3年3月分まで(締日を基準とする。以下同じ。)の未払賃金合計125万2912円及び各月分の賃金に対する各支払期日の翌日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払、
〔3〕令和3年5月から本判決確定の日まで毎月10日限り月額26万5000円の賃金及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。


◇判決◇

解雇無効地位確認等請求容認


◇前提条件◇

(1)当事者等
ア 原告は、昭和60年生まれの男性。
イ 被告は、化粧品、プロテイン食品、オーディオ機器等の製造、小売、卸、コンサルティング等を業とする株式会社である。

(2)原告の採用に至る経緯
ア 原告は、令和2年8月28日、被告の求人に応募し、同年9月7日及び同月23日、採用面接を受けた。
イ 被告の人事担当者であるc(以下「c」)は、同月29日、原告に対し、原告を被告の正社員として採用することに決定した旨を通知した。
ウ その後、原告とcは、勤務条件に関するやり取りをし、原告は、同年10月11日、cに対し、内定を受諾する旨を通知した。
エ その後、原告とcは、更に勤務条件に関するやり取りをし、原告は、同月13日、cに対し、改めて内定を受諾する旨を通知した。

(3)原告の出社
ア 原告は、令和2年11月9日、被告に出社(以下「本件出社」)した。
イ cは、同日、原告に対し、自宅待機を命じ、原告は、帰宅した。

(4)被告による原告を雇用できない旨の通知
 cは、令和2年11月10日、原告に対し、「本件に関しては、雇用条件についての話し合いにおいて互いに意思疎通がうまく機能しなかったため内定条件に合意できなかったと認識しております。(中略)大変申し訳ありませんが内定は取消しとさせていただきます。」とメールで通知(以下「本件通知」)した。


◇判例のポイント◇

<労働契約の成否>

【原告の主張】

被告は、令和2年9月29日、原告に対し、採用内定の通知をし、勤務条件に関するやり取りを経た上で、原告は、同年10月11日、被告に対し、承諾の意思表示をしているから、原被告間において、同日に下記内容の始期付解約権留保付労働契約が成立した。その後、当該始期を同年11月9日とする合意が成立し、同日午前0時をもって始期が到来したから、原被告間の労働契約は、採用内定の段階を終え、留保解約権は消滅した。

【被告の主張】

ア 原被告間に労働契約が成立したことは、否認する。
イ 原告は、週6日勤務を希望する旨を事前にメールで述べていたが、被告との間で、それを具体化する形での年間休日日数及び給与条件等について何ら協議されておらず、合意形成もされていなかった。被告が原告に対して出社を求めたのはその点に関する協議と合意形成を目指す目的であったが、原告が協議するために必要な姿勢を有していなかったことから、被告において合意形成することが不可能であると判断した。
 このように、原被告間において、年間休日日数及び給与条件等について何ら合意形成がされておらず、労働契約における本質的要素に関する合意が欠けているから、労働契約は成立していない。

【裁判所の判断】

cは、令和2年9月29日、原告に対し、給与、賞与、休日等の勤務条件を提示し、さらに、原告からの求めに応じて、同年10月7日、原告に対し、給与の総支給額の内訳(固定残業代としての支払額や交通費等の内訳明細)、見込み残業としての所定みなし時間、フレックスタイム制のコアタイム、月平均所定労働時間、週5日又は週6日勤務の各選択時の年間休日日数の内容を明らかにし、これを受けて、原告は、同月11日、cに対し、内定を受諾する旨を通知したこと、
cは、同月13日、雇用期間、就業場所、業務内容、就業時間、残業の有無、休日、賃金、賃金の支払方法、賞与及び退職金の有無等が記載された本件雇用契約書を提示し、これを受けて、原告は、同日、cに対し、改めて内定を受諾する旨を通知したこと、
その後、原告とcは、原告の入社予定日を同年11月9日とすることに合意し、
原告が同日に被告に出社して入社手続をし、その際に正式な雇用契約書に署名押印する予定であったことが認められる。

以上の事実関係によれば、原告と被告は、正式な雇用契約書に署名押印するには至っていないものの、雇用期間、就業場所、業務内容、就業時間、残業の有無、休日、賃金、賃金の支払方法、賞与及び退職金の有無等の詳細な勤務条件につき合意するに至っており、かかる合意につき労働契約の成立に欠けるところはないというべきである。
そうすると、遅くとも同年10月13日には、原被告間においていわゆる内定が成立したというべきであり、上記事実関係に照らすと、その性質は、同年11月9日を始期とする始期付解約権留保付労働契約(内容は原告主張のとおり)であったと認めるのが相当である。

これに対し、被告は、(被告の主張)のとおり主張するが、前記認定によれば、cは、同年10月7日付けのメールで、週5日又は週6日勤務の各選択時の年間休日日数として、「週5日:130日、週6:105日(若干の誤差がある可能性はありますがカレンダーに基づきます。)」と提示していること、原告も、同月13日に改めて内定を受諾する旨を通知した際、「週6日勤務2年目以降は隔週土曜日休み(1年目は最低年間休日日数を105日程度とし、個別に定める)等であれば疑問がございません」と念押ししていること等に照らすと、原被告間においては、週6日勤務、年間休日日数105日程度とする合意が成立したと認めるのが相当であり、また、被告が原告に対して本件出社を求めたのは、入社手続及び正式な雇用契約書を作成するためであり、年間休日日数及び給与条件等につき協議や合意形成をするためであったとは認められないから、被告の上記主張は採用できない。

<解約権の行使又は解雇の有効性>

【被告の主張】

仮に原被告間に労働契約が成立しているとしても、以下の各事情を総合的に考慮すれば、被告による解約権の行使(内定取消し)又は解雇には客観的合理的な理由があり、社会通念上相当である。
ア 指示に対する違反
 原告は、被告から事前にメールで本件出社の際の出社時刻及び持参物を指示されていたにもかかわらず、出社時刻を守らず、持参物も一切準備してこなかった。出社時刻と持参物という複数の点であることに加え、遵守することが極めて簡単なこれらの事項について守らなかったのは、故意であるといわざるを得ず、仮に故意ではないとしても重過失がある。

イ 反省・改善意思の欠如
 原告は、前記アに関して謝罪や弁解を一切せず、そのような非常識な態度を改めなかった。また、原告は、「平日の火曜日などに休みがもらえると思っていた。事前にもらっていた契約書と内容が相違している。試用期間があるとは聞いていない。」などと一方的に主張をまくし立て、被告担当者の説明を一切聞こうとせず、議論が一切進まない状態を作出していた。そのため、同時に進めていた別の入社希望者の手続を進めることができなくなっていた。
 被告の主な事業はオンラインによる物販であり、従業員には事務作業につき高度な正確性が求められる。そのため、メールによる明確な指示にすら従うことができない者は、被告の従業員として職務に専念するための適格性を欠く。また、およそ議論をする姿勢を有さず、一方的に主張をまくし立てる者も被告において適切に職務に従事することは不可能である。

【原告の主張】

ア (原告の主張)のとおり、本件通知の時点で、被告の留保解約権は消滅していたから、本件通知は解雇の意思表示である。
イ 原告は、事前に指定された出社時刻を勘違いして令和2年11月9日午前10時前に出社し、また、印鑑を持参するのを忘れたが、被告代表者の秘書であるe(以下「e」)からメールで出社時刻と持参物を伝えた旨を指摘され、失念していたことを素直に認めて謝罪した。
 また、原告は、同日に提示を受けた雇用契約書の「休日」欄に「日曜日、夏季休暇、年末年始その他会社の定める日」程度の記載しかなく、事前に説明されていた年間休日105日になるのかが不明であったため、平日に休日が付与されるかを尋ねたにすぎず、一方的に自らの主張をまくし立てたりしていない。
ウ 被告による解雇は客観的に合理的な理由を欠き、解雇権を濫用するものであって、無効である。

【裁判所の判断】

(1)前記認定のとおり、原被告間において、遅くとも令和2年10月13日には始期付解約権留保付労働契約が成立したことが認められるところ、その後、原告とcは、原告の入社予定日を同年11月9日とすることに合意しているから、原被告間において同日を始期とする旨の合意が成立したものと認められる。
そして、原告は、入社手続をするため、同日、被告に出社したが、最終的に、cは、原告に対し、自宅待機を命じたこと、cは、翌10日、原告に対し,本件通知をしたことが認められ、少なくとも本件通知の時点で労働契約の始期は到来していたというべきであるから、本件通知は、解雇の意思表示(以下「本件解雇」)と解すべきこととなる。

(2)そこで、本件解雇の有効性を検討するに、被告は、(被告の主張)のとおり主張する。 
 しかしながら、前記認定によれば、原告は、本件出社当日、〔1〕出社時刻を勘違いして約1時間余り早く出社したこと、〔2〕印鑑を持参するのを失念していたことが認められるものの、これらはいずれも故意又は重過失によるものとは認められないことに加え、〔1〕については、eは、原告に対し、被告を紹介する動画を視聴するなどして待機するよう指示し、原告も素直にこれに従っており、これにより被告の業務に支障が生じたとは考えられないこと、〔2〕については、契約書の締結には署名で足り、押印が必須のものであるとまではいえないし、仮に押印が必要であるとしても、正式な雇用契約書の締結が一日程度遅れるにすぎないことからすると、いずれも本件解雇の客観的合理的理由に当たるとはいえない。
 また、原告が謝罪や弁解を一切しなかったとする点についても、前記認定のとおり、原告は、eからの指摘を受けて、失念していたことを認めて謝罪したことが認められるし、原告が一方的に自らの主張をまくし立てたとする点についても、前記に認定した原被告間の交渉経緯に照らせば、原告が本件雇用契約書〔2〕の「雇用期間」欄の訂正を求め、あるいは、本件雇用契約書〔2〕の「休日」欄の記載と事前に提示された勤務条件である「年間休日日数105日程度」との整合性につき説明を求めたことには合理性が認められる上、その態様が社会的相当性を欠くものであったと認めるに足りる証拠はない。
 さらに、別の入社希望者の手続を進めることができなくなっていたとする点についても、かかる事実を認めるに足りる証拠はなく、そのことが本件解雇の客観的合理的理由になるともいい難い。
 以上によれば、被告が主張する理由は本件解雇の客観的合理的理由には当たらず、本件解雇は、解雇権を濫用するものとして無効である(労働契約法16条)。

 

 



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