(判例)時季変更は適法であるとして,減額賃金等支払請求及び損害賠償等請求 が斥けられた例

阪神電気鉄道事件 大阪地裁(令和4年12月15日)判決


◇事件の概要◇

鉄道事業を営む被告に雇用されて車掌として勤務していた原告は、平成30年9月19日につき年次有給休暇の時季指定をしたところ、被告により時季変更権を行使されたが出勤せず、翌20日に欠勤を理由とする注意指導を受け、1日分の賃金9714円を減給された。
 本件は、原告が、上記時季変更が違法であると主張して、被告に対し、
〔1〕雇用契約に基づき、減給された賃金9714円及びこれに対する支払期限の翌日である平成30年10月26日から支払済みまで商事法定利率(平成29年法律第45号による改正前の商法に基づくもの)による年6%の割合による遅延損害金、
〔2〕労働基準法114条に基づき、上記賃金と同額の付加金及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法(以下、単に「民法」という。)所定の年5%の割合による遅延損害金、
〔3〕不法行為に基づき、違法な時季変更権の行使を前提とする注意指導による慰謝料50万円及びこれに対する不法行為の日である平成30年9月20日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の各支払
を請求する事案である。


◇判決◇

減額賃金等支払請求棄却、損害賠償等請求棄却


◇前提条件◇

(1)当事者等
ア 被告は、鉄道事業等を主たる目的とする株式会社であり、従業員数は平成30年9月末時点で1282名であった。
イ 原告は、平成10年4月、被告との間で雇用契約を締結し、駅係員として勤務を開始し、平成18年8月から車掌に職種変更となり、以降、「西部列車所」に所属して車掌業務に従事している。

(2)被告における勤務割の実情等
 被告において、車掌を含む乗務員の勤務割(シフト区分)は、乗務循環表によるものとされている。乗務循環表によれば、乗務員は、週5日勤務した後、2日の公休日を経て次の乗務系統に移行し、13週で一巡して元の乗務系統に戻る(循環する)こととなる。
 被告は、乗務循環表に基づき、乗務員の出勤時刻及び終業時刻等を記載した勤務実施表を作成し、これを勤務日の4日前に発表している。

(3)原告の時季指定と被告による時季変更権の行使
ア 被告の就業規則には、休暇請求の手続に関し、「休暇を取得するときは、所定の手続により、あらかじめ所属部長に請求して、その承認を受けるものとする。」との定めがある。
イ 原告は、平成30年8月19日、被告(西部列車所の助役)に対し、9月19日につき年次有給休暇(以下「年休」)の時季指定をした(以下「本件時季指定」)が、同月15日、被告により時季変更権を行使された(以下「本件時季変更」)。
 なお、同月19日につき年休の時季指定をした車掌は9名いたが、申請順に7名までしか年休を取得できず、申請が8番目及び9番目(原告)の車掌は年休を取得できなかった。

(4)原告の本件時季変更についての異議
 原告は、9月16日、西部列車所長に対し、本件時季変更について異議を述べ、本件時季指定のとおり年休を取得することを伝えた。また、原告は、同月17日頃、被告の運輸部長に対し、同月19日に年休を取得する旨を書面で通知した。

(5)欠勤扱いと注意指導
 原告は、9月19日には出勤せず、翌20日に出勤したところ、同日、西部列車所の副所長、首席助役及び助役から、前日の無断欠勤を理由として注意指導を受けた(以下「本件注意指導」)。

(6)欠勤による減給
 被告における給与支払は、毎月末締めの翌月25日払である。
 被告は、原告が9月19日に欠勤したことを理由に、10月25日支給の給与から1日分の本給9714円を減給した。


◇判例のポイント◇

<時季変更は適法か>

【被告の主張】

ア.本件時季指定時の状況
 本件時季指定がされた8月19日時点で、9月19日の勤務について、多数の者が原告に先んじて年休申請をしてこれらが認められていたこと、社内行事や研修のために複数の者について勤務割替が必要になっていたことなどから、予備循環やW勤務で対応できない状況であり、原告が同日に担当予定であった乗務系統「9152」の代替要員を確保できない状況であった。このため、被告が通常の配慮をしても代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にはなかった。
 したがって、9月19日に原告に対して年休を付与することは、被告の事業の正常な運営を妨げることになるものであり、本件時季変更は適法である。

イ.原告が主張する通常の配慮について
 原告が主張する、代替勤務者確保のために被告が行うべき措置は、次のとおりいずれも通常の配慮を超えるものである。したがって、被告がこれらの措置を講じなかったとしても、本件時季変更は適法である。
(ア)公休取得者への出勤依頼について
 被告と訴外組合との労使合意は、勤務割等を決定する際の被告の裁量を拘束するもの(少なくとも、訴外組合との合意事項を被告において反故にすることは、不誠実な交渉態度として労働組合法7条2号に、組合軽視として同条3号に抵触し、不当労働行為に当たる。)であり、これを度外視しての勤務割や公休出勤を命ずることはできない。そして、西部列車所においては、運転士・車掌の勤務割の公平を期する目的から「勤務実施表等の基準」が作成され、また、「休暇の取得方について」において、休暇申請の手続等のほか「各日の(年次有給)休暇取得可能数については、職場班との申し合わせで決定している本数とし、原則として休日出勤を出さない範囲で対応する」ことなどが定められた。これは、週休2日制の勤務を行っている乗務員の予定された休日(公休)を前提とする生活設計を乱さないために、訴外組合から、公休予定者に対して公休出勤を命じることのない範囲で有給休暇を取得させてもらいたい旨の強い要求がされたことから、労使協議を重ねた結果、労使で合意されたものである。
 このように、訴外組合との協議や合意に基づいて、乗務員に年次有給休暇を取得させるために他の乗務員に公休出勤を命じることは原則としてしないこととされており、やむを得ず公休出勤を命じるのは、不幸による忌引や体調不良等による突発休暇、急遽依頼があった勤務抜き(社内用務等の勤務配慮)等の例外的な場合のみである。
 原告が主張する、公休取得者への出勤依頼という措置は、上記労使合意の内容に反し、使用者がなすべき通常の配慮の範囲を超えている。
(イ)乗務系統の分割について
 労使で協議合意されている乗務系統は、始業から終業まで移動(乗換え)がスムーズに進み、乗務間の移動時間や乗務員の拘束時間数が少なくなるように、労使間で緻密に検討・協議した上で設計されている。特定の乗務系統を複数に分割する場合、分割地点の駅で当該時刻に乗務を引き継げる者を探す必要があり、これを頻回に行うことは、労使協議を経ずに乗務系統表(乗務循環表)をその都度一から作り直すことに等しい。
 したがって、乗務系統の分割は、原告が9月19日に欠勤したときのように、やむなく分割しなければ運行が不可能になる場合の最終手段にすぎず、これを一般化して使用者がなすべき通常の配慮ということはできない。

ウ.結論
 以上によれば、本件時季変更は「事業の正常な運営を妨げる場合」(労働基準法39条5項ただし書)に当たり、適法である。

【原告の主張】

ア.西部列車所の体制と被告に求められる配慮
 西部列車所の車掌職場においては、予備循環を担当する者が4名しか配置されておらず、公休前後の26名に対し、長時間労働となる端数系統付加勤務やW勤務を恒常的に命じなければ、正常なダイヤ運行ができない状態となっていた。
 このように人員態勢に余裕がない場合、年休の時季指定を受けた使用者は、単に予備循環の担当者及び公休前後の者に付加されるW勤務の担当者によって対応可能な人数を確保するだけではなく、その枠を超える場合であっても、労働者の年休取得を可能にするよう、通常の配慮として、後記イの措置を講ずることが必要であった。

イ.被告が講ずべき通常の配慮
 本件時季指定がされたのは8月19日であり,時季指定した9月19日まで1か月という十分な時間的余裕があった。被告は、その間に、代替勤務者を確保するために、〔1〕代替勤務に同意する公休予定者に対して公休出勤を命じ(以下「措置〔1〕」)、これができない場合には、〔2〕原告の担当予定の乗務系統「9152」を分割して他の勤務予定者らに割り当てる(以下「措置〔2〕」)よう配慮すべきであったにもかかわらず、これらの措置を一切講じなかった。

ウ.結論
 したがって、本件時季変更は「事業の正常な運営を妨げる場合」(労働基準法39条5項ただし書)には当たらず、違法である。

【裁判所の判断】

労働基準法39条5項ただし書は、使用者は、労働者がした年休の時季指定に対し、その時季に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができると規定し、使用者の時季変更権の行使を認めている。

上記時季変更権行使の要件である「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するか否かの判断において、代替勤務者確保の難易は、その判断の一要素であって、特に、勤務割による勤務体制がとられている事業場の場合には、重要な判断要素であるというべきである。このような勤務体制がとられている事業場において、勤務割における勤務予定日につき年次休暇の時季指定がされた場合に、使用者としての通常の配慮をすれば、代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にあると認められるにもかかわらず、使用者がそのための配慮をしなかった結果、代替勤務者が配置されなかったときは、必要配置人員を欠くことをもって事業の正常な運営を妨げる場合に当たるということはできないと解するのが相当である
 そして、勤務割における勤務予定日につき年次休暇の時季指定がされた場合に、使用者としての通常の配慮をすれば代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にあったか否かについては、当該事業場において、年次休暇の時季指定に伴う勤務割の変更が、どのような方法により、どの程度行われていたか、年次休暇の時季指定に対し使用者が従前どのような対応の仕方をしてきたか、当該労働者の作業の内容、性質、欠務補充要員の作業の繁閑などからみて、他の者による代替勤務が可能であったか、また、当該年次休暇の時季指定が、使用者が代替勤務者を確保しうるだけの時間的余裕のある時期にされたものであるか、更には、当該事業場において週休制がどのように運用されてきたかなどの諸点を考慮して判断されるべきである。

上記の諸点に照らし、使用者が通常の配慮をしたとしても代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況になかったと判断しうる場合には、使用者において代替勤務者を確保するための配慮をしたとみうる何らかの具体的行為をしなかったとしても、そのことにより、使用者がした時季変更権の行使が違法となることはないものと解するのが相当である。

被告は、勤務割の中に予備循環を設けたり、W勤務を命じたりするなどして代替勤務者を確保していたところ、9月19日については、原告に先行して年休申請した車掌や社内行事のために勤務できない車掌がおり、原告に対して同日の年休を付与すると、確保していた代替勤務者を超える補充要員が必要となり、勤務割で確保された公休日の出勤回避やW勤務の上限の遵守といった、西部列車所において労使合意により実施されてきた取扱いに反しなければ、補充人員を確保できない状況にあったものということができる。

これらの事情に照らすと、本件時季指定が1か月前にされたものであり、その間に使用者が通常の配慮をしたとしても、同日は、原告の代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にはなかったというべきである。



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