(判例)過重労働と死亡の因果関係を認め、計約5,700万円の支払いを命じた

損害賠償請求事件 名古屋地裁(令和4年8月26日)判決


◇事件の概要◇

本件は、被告の従業員で、解離性大動脈瘤を原因とする急性心筋梗塞により平成25年12月19日に死亡したP5の妻である原告P1並びに亡P5の子である原告P2及び原告P3が、亡P5が死亡した原因は、被告における長時間労働及び過重な業務にあり、被告は亡P5に対する安全配慮義務を怠ったと主張して、被告に対し、相続によって取得した労働契約上の債務不履行を理由とする損害賠償請求権に基づき、損害賠償金及びこれに対する訴状送達日の翌日である令和2年3月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。


◇判決◇

1 被告は、原告P1に対し、2837万1571円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告P2に対し、1418万5785円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告P3に対し、1418万5785円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求を棄却する。


◇前提条件◇

(1)当事者
 ●亡P5は、被告の従業員であった者。
 ●原告P1は亡P5の妻、原告P2は長男、原告P3は長女。
 ●被告は、エレクトロニクス用・産業用セラミックス及び電子部品の開発・製造・販売等を業としている株式会社

(2)亡P5は、被告において、平成14年6月から平成20年5月まで常勤監査役、同年6月から同年8月まで人事室長、同年9月から平成21年8月まで経理室長、同年9月から総務室長として勤務していた。

(3)亡P5は、平成25年12月19日、三重県桑名市にあるLED設置状況を視察するため、被告代表取締役を含む幹部等に同行してマイクロバスで移動していたところ、同日午後6時頃、マイクロバス内でうずくまり、同行した被告社員が119番通報した。亡P5は、その後、心肺停止となり、救急隊により同市内の病院に搬送されたものの、同日午後7時19分に解離性大動脈瘤を原因とする急性心筋梗塞により死亡した。

(4)原告P1は、瀬戸労働基準監督署長に対し、亡P5の死亡は業務に起因するものであるとして労働者災害補償保険法に基づく遺族年金給付及び葬祭料の給付申請をしたところ、瀬戸労働基準監督署長は、平成26年6月30日、亡P5の死亡は業務に起因するものであるとして、遺族年金給付及び葬祭料等を支給する旨の決定をした。


◇判例のポイント◇

1⃣亡P5の業務内容

【被告の主張】

亡P5の業務である総務室長の業務は単なる形式的・事務的な手続に過ぎない業務が多く、緊急性があったりノルマが課せられるような業務はなく緩やかなのんびりとした業務であって、いわゆる閑職であったなどと主張する。

【裁判所の判断】

亡P5の担当していた業務は総務室長として総務業務が中心であったことから、間接部門における業務としてノルマが課せられるようなものではなかったとはいえるが、そうだからといって亡P5が担当する業務量が少なかったということはできず、そもそも総務業務は企業活動が円滑に進むように裏から支える業務であって、閑職といえるものとも認められない。したがって、被告の主張は認めることはできない。

2⃣亡P5の死亡と業務の因果関係

【裁判所の判断】

厚生労働省は、脳血管疾患及び虚血性心疾患等についての認定基準を定めているが、認定基準は医学専門家等による専門検討会を経て作成されたものであり、その内容には医学的に十分な根拠があると認められるから、本件においても、亡P5の死亡と業務の因果関係については、認定基準に準拠しつつ、検討するのが相当である。

●亡P5の発症前の時間外労働時間は以下のとおりである。
発症前1か月目が69時間59分
発症前2か月目が81時間06分
発症前3か月目が46時間00分
発症前4か月目が51時間01分

発症前5か月目が44時間39分
発症前6か月目が60時間15分

●1か月当たりの時間外労働時間は以下のとおりである。
発症前2か月間が75時間32分
発症前3か月間が65時間41分
発症前4か月間が62時間01分
発症前5か月間が58時間33分
発症前6か月間が58時間49分

亡P5は毎月数日間連続で宿泊付きの出張をすることを少なくとも発症前1年前から続けていたことが認められる。
出張の大部分を占めるMQ社は福島県βに所在し、その移動時間は、片道5時間程度であったことを踏まえると、亡P5は長期間にわたる多くの出張で疲労を蓄積させていたと認めることができる。
そうすると、亡P5の発症前の時間外労働時間は、発症前1か月が69時間59分で、発症前2か月間から6か月間の1か月当たりの時間外労働時間も最大で発症前2か月間の75時間32分であり、認定基準の水準には至らないが、移動時間を労働時間に計上していない出張を毎月数日間連続で繰り返しており、その期間も少なくとも発症前1年間は続いて疲労を蓄積させていたことからすれば、亡P5の死亡と業務との間に因果関係を認めるのが相当である。

この点、被告は、亡P5が健康診断において軽度の血液脂質異常と高血圧を指摘されていること、亡P5に喫煙の習慣があったことを主張するが、血液脂質異常も高血圧も軽度のものであり、喫煙の習慣を含めて、これらが亡P5の解離性大動脈瘤の発症の要因となったと認めるに足りる証拠はないから、前記認定は左右されない。

3⃣被告の安全配慮義務違反の有無

【裁判所の判断】

使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者がこれに違反した場合には、労働者に対し、債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。
亡P5は、総務室長として総務室が担当する総務業務を行っており、MQ社の経理業務の応援も被告の指示命令によって行っていたと認めることができる。
また、亡P5は、管理本部の他の部署と一緒に本社1階フロアで勤務し、被告代表取締役の席とも近接していたのであるから、被告代表取締役及び亡P5の上司に当たる管理本部長らは、亡P5が長時間勤務を行い、毎月数日間連続して出張を繰り返していたことを認識していたと認めることができる。
そうすると、被告は、亡P5が長時間勤務を行い、毎月数時間連続して出張を繰り返すなどして被告の疲労を蓄積させ、心身の健康を損なうことがないように業務量の配分を見直すなどの注意をする義務があり、これを怠ったと認めることができる。したがって、被告は、亡P5に対し、債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。

4⃣過失相殺及び素因減額

【被告の主張】

被告は、亡P5は、総務室長として総務室を統括する立場にあったから、自らを含めた総務室に所属する者の勤務状況などを被告代表取締役に申告するなどして業務軽減のための措置をとる職責があり、自らの業務が過重になっていたのであれば、部下に対し業務を任せることも可能であった。また亡P5は、健康診断において軽度の血液脂質異常を指摘され精密検査を受けるように、平成25年の健康診断では胃腫瘍が疑われ胃内視鏡検査を受けるようにそれぞれ指導がなされ、死亡する47日前には胸を押さえるしぐさをして兄から病院に行くように言われていたにもかかわらず、一度も病院で検査を受けることはなく、喫煙、運動、食生活等の生活習慣の見直しもしなかったことから、亡P5に過失があったと主張する。

【裁判所の判断】

使用者は、雇用する労働者に対し、従事する業務を定めることができ、労働者は、使用者から定められた業務を軽減するように求めることが容易ではないといえるから、労働者が自ら関わる業務について業務が過重になっていた場合に申告することが業務上義務付けられていたとか、使用者に対し、自らが関わる業務量について誤った認識を与えたといった事情がない限り、使用者に対し業務軽減を求めなかったことについて、労働者に過失があったと認めるのは相当とはいえない。
本件において、総務室長であった亡P5は、総務室の勤務状況を把握すべき立場にあったといえるが、使用者や上司である被告代表取締役や管理本部長に対し、過重業務になっていた場合に業務の軽減を求めることを業務上義務付けられていたと認めることはできない。また、部下を含む他の従業員もそれぞれ担当業務があることから、無条件に部下に仕事を割り振ることはできないのであり、本件において、亡P5が部下に対し自らの業務を任せ、業務を軽減させることができたことを認めるに足りる証拠はないから、亡P5が部下に対し業務を任せなかったからといって、亡P5に過失があったということはできない。
また、亡P5の軽度の血液脂質異常は疾病と評価されるものではなく、胃腫瘍は解離性大動脈瘤の発症要因となるものではないこと、亡P5が病院を受診したとしても、解離性大動脈瘤の発症を防ぐことができたか明らかではないことからすれば,亡P5が病院を受診しなかったことを過失と評価することはできない。
 したがって、本件において過失相殺を適用し、又は素因減額として過失相殺の規定を類推適用することはできない。



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