(判例)介護ヘルパーによる家事業務は「家事使用人」に該当するので労働者災害補償保険法は適用されないとされた例

遺族補償給付等不支給処分取消請求事件 東京地裁( 令和4年9月29日)判決


◇事件の概要◇

訪問介護事業及び家政婦紹介あっせん事業等を営む株式会社に家政婦兼訪問介護ヘルパーとして登録されていた亡Eが死亡したことにつき、亡Eの夫である原告が、亡Eは、家政婦として家事及び介護業務に従事するなど24時間対応を要する過重な業務に就いたことに起因して急性心筋梗塞又は心停止を発症し、死亡したとして、渋谷労働基準監督署長に対し、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を請求したところ、同労働基準監督署長が、亡Eについては労働基準法116条2項所定の「家事使用人」に該当するので労働基準法及び労働者災害補償保険法は適用されないという理由で給付をいずれも不支給とする処分をしたことから、被告に対し、上記の各処分には違法があると主張して、その取消しを求めた事案。

本件介護業務との関係では亡Eは本件会社と雇用契約を締結した労働者であり、「家事使用人」に該当するものとは認められないのであるから、処分行政庁が、本件各申請について、亡Eが「家事使用人」に該当することのみを理由に本件各処分を行ったことについては、規定の適用を誤った違法があるものといわざるを得ないが、亡Eの本件会社における本件介護業務に関しては、客観的にみて、また、医学経験則に照らし、当該業務に内在し又は通常随伴する危険の現実化として亡Eが本件疾病を発病したという相当因果関係を肯定することは困難といわざるを得ず、その認定要件を満たすとはいえないから、本件各処分はこれを理由とする限度で適法であるとして、原告の請求をいずれも棄却した事例。


◇判決◇

原告の請求をいずれも棄却する。


◇前提条件◇

(1)当事者等

ア.原告は、亡Eの配偶者である。
イ.亡Eは、かねて介護福祉士の資格を有していたところ、平成25年8月18日、株式会社山本サービス(以下「本件会社」)に対し、就職希望条件を通勤による家庭での家事及び介護業務等と記載した求職票を提出して家政婦(求職者)としての登録を行い(以下、「登録家政婦」)、同月20日には本件会社との間で業務内容を非常勤の訪問介護ヘルパーとする労働契約を締結した。
ウ.本件会社は、東京都世田谷区に本社事務所を置いていた株式会社であり、昭和54年10月1日の設立以降、有料職業紹介事業の大臣許可を受けて家政婦等の紹介あっせん業等を営んでいたが、平成12年4月に介護保険法に基づく介護保険制度が開始されたことに伴い、それ以降は、介護保険事業者として、居宅介護支援、要介護者等の日常生活における訪問介護サービス、介護用品及び福祉用品等の販売並びにレンタル等の事業も併せて行うようになった。

(2)亡Eの就労状況等

ア.亡Eは、本件会社から紹介あるいはあっせんを受けて個人宅や障害者施設等において家政婦として勤務していた。
イ.Fは、かねてから重度の認知症を発症して自宅(以下「F宅」)で寝たきりの状態にあり、介護認定においても要介護状態区分5(最重度)の認定を受けていた。そのため、Fの息子は、平成27年以前から、本件会社に住込み勤務が可能な介護資格を有する登録家政婦を家政婦兼訪問介護ヘルパーとして紹介してもらい、当該登録家政婦から訪問介護サービスを受けるとともに、家政婦としてFの介護やF宅の家事を行ってもらっていた。
ウ.亡Eは、本件会社から、F宅において家政婦兼訪問介護ヘルパーとして勤務していた登録家政婦が平成27年5月20日から同月26日まで休暇を取得することとなったため、上記の期間、上記の業務を代わってもらいたい旨を打診されてこれに応じ、同月20日から同月27日朝までの間、F宅に住み込んで、家政婦として家事及び介護を行う業務(以下「本件家事業務」)に従事するとともに、訪問介護ヘルパーとしてFに対して訪問介護サービスを提供する業務(以下「本件介護業務」)に従事した。

(3)亡Eの本件疾病の発症及び死亡状況等

亡Eは、F宅における前記(2)ウの業務を終えた当日の平成27年5月27日午後3時半頃、東京都府中市内の入浴施設に入店したが、同日午後11時30分頃、同施設のサウナ室内で倒れているところを施設従業員に発見され、多摩総合医療センターに救急搬送されたものの既に心肺停止の状態であり、同月28日午前零時43分、搬送先病院において、急性心筋梗塞又は心停止(以下「本件疾病」)による死亡が確認された。

(4)本件訴訟に至る経緯等

ア.原告は、平成29年5月25日、渋谷労働基準監督署長(以下「処分行政庁」)に対し、亡Eの死亡は本件会社の業務に起因するものであるとして、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を請求した(以下「本件各申請」)。
これに対し、処分行政庁は、平成30年1月16日、亡Eは家事使用人として介護及び家事の仕事に従事していたが、家事使用人は労働基準法(以下「労基法」)116条により同法の適用が除外されており、労災保険法も適用されないとして、上記の保険給付をいずれも不支給とする旨の処分(以下「本件各処分」)をし、その頃、その旨を原告に通知した。
イ.原告は、同年4月2日、本件各処分を不服として審査請求を行ったが、東京労働者災害補償保険審査官は、同年9月4日、原告の審査請求を棄却する旨の決定をし、その頃、その旨を原告に通知した。
ウ.原告は、同年10月16日、上記イの決定を不服として再審査請求を行ったが、労働保険審査会は、令和元年9月11日、原告の再審査請求を棄却する旨の裁決をし、同月12日、その旨を原告に通知した。
エ.原告は、令和2年3月5日、本件各処分の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
オ.被告は、本件訴訟において、本件各処分の処分理由として、前記アの理由に加え、亡Eの本件疾病の発症及び死亡結果は業務上の事由によるものとはいえないという理由を追加して主張した。


◇判例のポイント◇

亡Eが労基法116条2項所定の「家事使用人」に該当することを理由にされた本件各処分の適法性の有無(亡Eが従事していた本件家事業務及び本件介護業務は一体として本件会社の業務といえるか)

【被告の主張】

亡Eは、本件会社に雇用される訪問介護ヘルパーとしてFに対し本件介護業務及び本件家事業務に従事していた。しかし、上記の各業務のうち本件家事業務は、亡EとFの息子との間で締結された雇用契約に基づく業務であって、本件会社の業務として行われていたものではない。
すなわち、本件会社は、求職者たる登録家政婦を求人者に紹介し、求人者たる雇用主と登録家政婦との間の家政婦を業務とする雇用契約の成立をあっせんすることを業としており、具体的な家政婦としての家事労働は登録家政婦と就業先の雇用者との雇用契約に基づいて行われていた。
具体的な賃金額は雇用主と登録家政婦との間の雇用契約によって決定されており、また、本件会社が雇用先における家政婦の業務遂行に関して登録家政婦に直接指示をしたり、報告を求めるといったことはしていなかった。
また、家政婦が訪問介護ヘルパーを兼務した場合、その訪問介護サービスの提供業務は本件会社の業務として行われることとなるので、当該業務に係る部分の賃金については本件会社が支払っていたが、その余の家政婦としての家事労務の提供に係る部分の賃金は基本的には雇用主から家政婦に直接支払われるか、雇用主から本件会社に一旦交付され、本件会社を通じて家政婦に支払われていた。
 以上のとおり、F宅における亡Eの業務のうち本件介護業務については本件会社の指揮命令下で遂行されていたといえるが、本件家事業務については、亡EとFの息子との間で締結された雇用契約に基づいて行われていたものであり、業務内容は家事に関するものであるから、亡Eは、150号基準にいう「個人家庭における家事を事業として請け負う者に雇われて、その指揮命令の下に当該家事を行う者」には当たらず、労基法116条2項の「家事使用人」に該当する。
そうすると、亡Eについては、労基法75条ないし77条、79条及び80条の適用はなく、労災保険法も適用されないこととなるから、亡Eの本件疾病の発症及び死亡結果の発生に関し、同法に基づく保険給付を支給することはできない。

【原告の主張】

ア.亡Eは「家事使用人」(労基法116条2項)に該当しないこと
 本件会社の家政婦兼訪問介護ヘルパーは、勤務先において、家政婦としての家事業務と訪問介護ヘルパーとしての訪問介護サービスを提供しており、求人者側も訪問介護サービスと家政婦としての家事業務が一体となったサービスの提供を受け、その対価として介護分と家政婦分を合わせた料金を支払っていた。
この点、厚生労働省老健局は、各都道府県介護保険担当課宛の平成17年9月14日付け事務連絡において、いわゆる「住み込み」により同一介護者が、訪問介護を1日数時間行い、24時間のうち残りの時間を「家政婦」として家事や介護のサービスを行う場合、サービス内容が明確に区分できない以上、介護報酬を算定することはできないが、所定の要件を満たすことで訪問介護とそれ以外の部分を明確に区別できるときは介護報酬を算定できるものと通知していたところ、本件会社の家政婦兼訪問介護ヘルパーについては、上記の事務連絡が規定する所定の要件を満たしていなかった。
 このように見れば、本件会社は、家政婦派遣事業又は家政婦請負業を営む者であるといえるから、150号基準所定の「個人家庭における家事を事業として請け負う者」に該当する。
さらに、本件会社の登録家政婦は、本件会社による紹介に関して諾否の自由はなく、労働条件や訪問介護サービス業務はもとより、同業務と一体をなす家政婦業務についても本件会社から具体的な業務内容が指示され、登録家政婦からも本件会社に業務の実施報告がされていた。
 そうすると、本件会社の家政婦兼訪問介護ヘルパーは本件会社との間で
業務遂行上の指揮監督を受けていたといえるから、亡Eは、前記のとおり「個人家庭における家事を事業として請け負う者」である本件会社に雇用され、本件会社の指揮命令の下に上記の各業務を行っていたといえ、150号基準所定の「個人家庭における家事を事業として請け負う者に雇われて、その指揮命令の下に当該家事を行う者」に該当する。
 以上のとおり、本件家事業務及び本件介護業務は一体として本件会社の業務といえ、そうすると、亡Eは本件会社の業務に従事する者であって「家事使用人」(労基法116条2項)には該当しないから、これを理由としてされた本件各処分には労基法116条2項の適用を誤った違法がある。

イ.労基法116条2項は憲法違反であるため亡Eには適用されないこと
 仮に亡EがFの息子に雇用されているとした場合、Fの息子は「個人家庭における家事を事業として請け負う者」ではないから、亡Eは家事使用人に該当することになる。しかし、労基法116条2項は、次のとおり憲法に違反する規定であるから、亡Eが同規定に該当したとしても労基法の適用除外となるとはいえない。
(ア)憲法27条2項違反
 憲法27条2項は、「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」と規定しているところ、労基法116条2項は、「家事使用人」について労基法の適用を除外し、上記の勤労条件について法律で定まっていない状態とするものであるから、憲法27条2項に違反する。
(イ)憲法14条違反
 「家事使用人」について労基法が適用されないことになれば、女性がほとんどを占める家事使用人につき通常の労働時間を超える労働をしても割増賃金が発生しない等の経済的に不合理な格差が生じるのであって,これは「家事使用人」という社会的身分や性別を理由とした経済的差別であるとともに平成23年6月16日に採択されたILO第100回総会における「家事労働者の適切な仕事に関する条約(第189号条約)」にも反する。

【裁判所の判断】

 本件会社が登録家政婦を家政婦兼訪問介護ヘルパーとして求人者に職業紹介する場合、家政婦としての業務に関しては、求人者と登録家政婦との間で雇用契約の締結が予定され、現に、亡Eは、家政婦としての業務についてはFの息子と雇用契約を締結していたのであって、訪問介護サービスの提供業務とその他の家事及び介護業務の使用者がそれぞれ異なることは明確であったものと認められる。
 また、前提事実等によれば、本件会社の登録家政婦には、本件会社の職業紹介に応じるか否かについて諾否の自由があり、本件会社が賃金の基準額を求人者に提示していたという事情はあるにせよ、賃金額等の労働条件は求人者との交渉によって設定する機会は与えられていたことが認められ、他方、介護保険業務(訪問介護サービス)に関する指示や監督、要介護者宅の要望や注意事項の伝達、要介護者と登録家政婦とのトラブルの仲介等の域を超えて、本件会社が、登録家政婦と要介護者宅との家政婦業務に関し、登録家政婦に対して指揮命令をしていたと認めるに足りる的確な証拠はない

亡EがF宅において提供していた業務のうち本件家事業務に係る部分については、Fの息子との間の雇用契約に基づいて提供されていたものと認められる。
 しかして、原告の本件各申請は、亡Eが本件会社に雇用された労働者であることを前提に、本件会社の業務に起因して亡Eが本件疾病を発症して死亡したとして遺族補償給付及び葬祭料の支給を求めるものであるところ、亡EのF宅における業務のうち本件家事業務に係る部分については、前示のとおり本件会社の業務とはいえず、Fの息子との間で締結された雇用契約に基づく業務であり、当該業務の種類、性質も家事一般を内容とするものであるから、当該業務との関係では、亡Eは労基法116条2項所定の「家事使用人」に該当するものといわざるを得ない(150号基準に照らしても「家事使用人」に該当しないとはいえない。)



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