(判例)賞与の支給日在籍要件の適法性について

賞与の支給日在籍要件が争点となった判例について紹介します。

医療法人佐藤循環器科内科事件 松山地裁(令和4年11月2日)判決


◇事件の概要◇

本件は、診療所や有料老人ホーム等を運営する医療法人(本件医療法人)に勤務していたが、病死により退職した元職員(本件元職員)の子が、元職員の退職が夏季賞与の支給日の20日前であったことから当該夏季賞与が支給されなかったことについて、本件医療法人に当該賞与(28万2305円)などを支給するように求めた事案である。


◇判決◇

請求は認容された。


◇前提条件◇

●当事者
被告は、診療所や有料老人ホーム等を運営する医療法人。
原告の子(以下C)は、平成21年8月、正職員として被告に雇用され、被告の運営する有料老人ホーム等で勤務していたものであるところ、急性骨髄性白血病にり患し、令和元年6月8日に腸管穿孔により死亡したことで、同日、被告を退職した。
原告は、Cの実母であり、Cの唯一の相続人。

●賞与の定め等
賃金規程には、「賞与支給日に在籍する従業員に対し、医院の業績、従業員の勤務成績等を勘案して支給する。前条の賞与については、経営状況の著しい悪化、その他やむを得ない事由がある場合には、支給日を変更するか、又は支給しないことがある。」と規定されている。

Cは、令和元年の夏季賞与の考課対象期間、継続して勤務していた。


◇判例のポイント◇

1⃣Cの死亡した時点において、賞与支払請求権が発生していたか否か

【原告の主張】
被告においては、毎年12月に翌年に支給される夏季賞与の金額をあらかじめ書面にて個々の従業員に通知し、当該書面に記載された通りの金額を夏季賞与として支給するという運用がされており、Cに対しても被告から夏季賞与の金額が通知され、かつ、Cは考課対象期間(平成30年10月16日から平成31年4月15日まで)、被告に勤務していた。
したがって、Cの被告に対する賞与支払請求権は、Cの死亡に先立つ平成31年4月15日の経過によって既に具体的権利として発生していた。

【被告の主張】
夏季賞与の金額は被告理事長の判断によって最終確定され、その後速やかに支給等処理がされるが、当該作業がされたのは、Cが死亡した後であった。
原告が主張する、書面で通知される翌年の夏季賞与の金額は、あくまでも参考額であり、通知がされる時点で、特段の事情がない限り当該確定金額を支給することが、個々の従業員との労働契約の具体的内容となっているとはいえない。
本件規定18条の適用があるため、Cが夏季賞与の支給日に在籍していなかった以上、賞与支払請求権は具体的権利として発生していない。

【裁判所の判断】
●一般に、賞与は、その時々の経済状況や業績等によって支給額が変動し得るものであり、支給対象期間の勤務に対応する賃金の後払いとしての性格を有するとともに、功労報償的な意味合いや、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解するのが相当である。また、賞与の支払い請求権が認められるためには、当該賞与の支給額が、使用者の決定等を経て具体的に確定したものと評価することができることを要するというべきである。

●本件規定によれば、被告理事長の査定を経て賞与の支給の可否や支給額が定まる建前にはなっているものの、原則として基本給1カ月分に1.5を乗じた額にて算定される取り扱いが定着しており、業績を原因としてその金額が変動したことはなかったと認められる。
また、考課対象期間満了後の被告理事長の支給決定手続きは、支払いのための形式的な事務手続きとしての側面が大きかったと考えるのが合理的である。

●Cは、本件夏季賞与にかかる考課対象期間中継続して勤務しており、Cに長期欠勤などの本件夏季賞与の支給額が前年の通知額を下回るような事情は存しないから、本件夏季賞与の支給額は、考課対象期間満了日である平成31年4月15日の経過をもって、具体的に確定したものと認められる。

2⃣支給日在籍要件の効力

【裁判所の判断】
●賞与は、毎月1回以上の期日に支払われる月例給与に加えて支給される者であり、使用者は、賞与を支給する義務を当然に負う者ではないから、賞与についていかなる支給基準を設けるかは個別の労働契約等によることとなり、賞与の受給資格のある者の範囲を明確な基準で定めることの必要性を一般に否定することはできない

●支給日在籍要件によって、賞与の支給要件が明確な基準で定められることにより、労働者は、自らが予定ないし企図する退職時期と賞与の支給予定日とを比較対象することで、自らが賞与の支給対象となるか否かを予測することができ、労働者に不測の損害が生じることを避けることができるという利点があることも考慮すれば、支給日在籍要件には合理性が認められ、この点について当事者に争いはない。

●本件のような病死による退職は、整理解雇のように使用者側の事情による退職ではないものの、定年退職や任意退職とは異なり、労働者はその退職時期を事前に予測したり、自己の意思で選択したりすることはできない。このような場合にも、支給日在籍要件を機械的に適用すれば、労働者に不測の損害が生じ得ることになる。また、病死による退職は、懲戒解雇などとは異なり、功労報償の必要性を減じられてもやむを得ないような労働者の責めに帰すべき理由による退職ではないから、上記のような不測の損害を労働者に甘受させることは相当ではない。

●Cが考課対象期間中、長期欠勤等なく稼働することによって、夏季賞与の支給額は、考課対象期間満了日の経過をもってすでに具体的に確定していたものと評価される状態にあったのであるから、Cの夏季賞与の支給を受けることに対する期待は、単なる主観的な期待感の類のものではなく、法的な保護に値し得るだけの高い具体性を備えたものであったといえる。

●Cが病死により被告を退職したのが本件夏季賞与の支給日の20日前であったという事情も考慮すれば、支給日在籍要件を機械的に適用して、賞与支払請求権の発生を否定することは、Cにとって、あまりに酷であるといわざるを得ない

●以上のことを配慮すると、Cに対する本件夏季賞与についての支給日在籍要件の適用は、民法90条により排除されるべきであり、Cが本件夏季賞与の支給日において被告に在籍していなかったことは、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を妨げるものではないと認められる。



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