
地位確認等請求控訴事件 東京高裁(令和5年4月27日)判決
◇事件の概要◇
本件は、被控訴人の個人営業部の部長(営業管理職)であるチームリーダーとして勤務していた控訴人が、妊娠、出産、産前産後休業及び育児休業(以下、これらの休業を併せて「育児休業等」という。)の取得を理由に、チームリーダーの役職を解かれたことなどが、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(以下「均等法」という。)9条3項及び「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(以下「育介法」という。)10条、被控訴人の就業規則等又は公序良俗(民法90条)に違反し人事権の濫用であって違法・無効であると主張して、
〔1〕主位的に、上記措置がとられる前のチームリーダー又はその相当職の地位にあることの確認を求め、
〔2〕予備的に、被控訴人の個人営業部の「アカウントマネージャー」として勤務する労働契約上の義務が存在しないことの確認を求めるとともに、
〔3〕不法行為又は雇用契約上の債務不履行に基づき、損害賠償金2859万2433円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成29年9月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
◇前提事実◇
(1)当事者
ア 被控訴人は、クレジットカードを発行する外国会社であり、日本においてもクレジットカードの発行をしている。
A及びBは、控訴人が育児休業等から復帰した当時、いずれも控訴人の上司であった者であり、Aは個人事業部門担当の副社長を、BはB2Cセールス部門の本部長を務めていた。
イ 控訴人は、平成20年8月に被控訴人に契約社員として雇用され、B2Cセールス部門に配属されたものであり、平成22年1月に正社員となった。平成26年1月、チームリーダー(バンド35)になり、37人の部下を持っていた(以下、控訴人がチームリーダーをしていたチームを「控訴人チーム」という。)。
なお、控訴人は、第1子を出産した際、平成22年8月から同年12月まで育児休業を取得して職場に復帰していた。
(2)控訴人は、平成26年12月ころ第2子を妊娠、平成27年○月○○日出産し、同月から平成28年7月まで育児休業等を取得した。
被控訴人は、平成27年7月に控訴人が産前休業に入った後、控訴人チームの仮のチームリーダーを選任し、平成28年1月、B2Cセールス部門の組織変更により、4チームあったセールスチームを3チームに集約するとともに、アカウントセールス部門を新設し、これにより控訴人チームは消滅した(以下、「本件措置1-1」)。
(3)控訴人は、平成28年8月1日、育児休業等から復帰した。
被控訴人は、同日、控訴人を新設したアカウントセールス部門のアカウントマネージャー(バンド35)に配置した(以下「本件措置1-2」)。
(4)被控訴人は、平成29年1月、B2Cセールス部門の組織変更により、セールスチームを3チームから2チームに更に集約するとともに、リファーラルセールスを担うチームを併合して、リファーラル・アカウントセールスチームを新設し、そのチームリーダーとしてC(以下「C」という。)を配置した(以下「本件措置2」)。
(5)被控訴人は、平成29年3月、控訴人の復職後最初の人事評価において、リーダーシップの項目の評価を最低評価の「3」とした(以下「本件措置3」)。また、被控訴人は、復職した控訴人に対し、個人営業部の共用スペースの席で執務するように指示し、平成28年9月から同年12月7日まで、他のフロアにある部屋で執務するように命じた(以下「本件措置4」)。
(6)控訴人は、平成29年7月13日から傷病休暇及び療養休職により休業し、平成31年4月1日に復職した。被控訴人は、復職後の控訴人をリファーラル・アカウントセールスチームから分離させたアカウント・デベロップメント・セールスチーム(顧客開拓に特化したチーム)のマネージャーに配置した。
◇判例のポイント◇
<本件措置1-1について>
【控訴人の主張】
被控訴人は、控訴人が平成28年中に復職することを認識していたにもかかわらず、平成28年1月の新チーム編成(平成28年組織変更)で控訴人チームを消滅させた。被控訴人は、通常、事業年度途中でチームリーダーを変更しないから、チームリーダーのポジションから控訴人を解いたものと同視できる。チームリーダーという役職を解くことは、実質的に降格であり、「不利益な取扱い」に該当する。
仮に降格とはいえなくとも、控訴人の復職後のポジションは無任所扱いとされた。育児休業等を取得する労働者にとって、復職後の自身のポジションが確保されているか否かは大きな関心事であるところ、バンド35に相当する役職に就くことが予定されておらず、可能な限りチームリーダーへの復職を前提とした他の労働者の雇用管理がされず、控訴人の意見聴取の機会も設けられていなかったことに照らせば、本件措置1-1は、「不利益な配置の変更」はそれに類するものであり、「不利益な取扱い」に当たる。
本件措置1-1は、人事権の濫用であり、公序良俗にも反する。
【被控訴人の主張】
被控訴人における「等級」及び「職制上の地位」の双方を含むジョブバンドの制度において、控訴人は育休中も復職後もバンド35の原職又は原職相当職にあった。被控訴人は控訴人をチームリーダーに復帰させないことを決定したことはなく、チームリーダーのポジションを解いたこともない。控訴人がリーダーをしていたチームは整理統合の結果消滅したにすぎず、控訴人は特定のチームに所属していない「東京のチームリーダー」のポジションにあり、バンド35の管理職社員であるとの位置づけも変わらないから、降格は行われていないし、「不利益な取扱い」にも当たらない。
【裁判所の判断】
控訴人が所属していたB2Cセールス部門は、コストコ及び全国の空港におけるベニューセールスを主なカード獲得方法としていたが、平成27年2月、アメリカ合衆国における被控訴人とコストコとの契約が平成28年3月末に終了することが発表され、日本においても被控訴人とコストコとの契約が終了することが予想されたため、平成28年組織変更において、4チームあった東京のベニューセールスチームのうちコストコ担当の2チーム(控訴人チームとaが管理するチーム)を1チームに集約し、大阪でチームリーダーをしていたEを同チームのチームリーダーとしたほか、新規販路を開拓するための部門としてアカウントセールス部門を新設したものである。
そうすると、控訴人の休業中に控訴人チームを消滅させた本件措置1-1は、被控訴人の業務上の必要に基づくものであり、控訴人の妊娠、出産、育児休業等を理由とするものとは認められない。また、この時点では控訴人に対して人事上の措置が行われたものではないから、人事権の濫用に当たることはなく、本件措置1-1が公序良俗に反することもない。
<本件措置1-2及び本件措置2について>
【控訴人の主張】
(1)アカウントマネージャーは、控訴人が復職した平成28年8月に新設されたポジションであり、キャリアステップも不明である。控訴人が同ポジションに就任したのは復職時にバンド35のポジションに空きがなかったからであるが、これは、平成28年組織変更の際に、被控訴人が、控訴人に意見を聴取する機会を設けず、他の労働者の雇用管理も適切に行わずに、本件措置1-1をしたからである。
そのため、アカウントマネージャーは、場当たり的判断に基づくポジションとなり、待遇も場当たり的なものとなった。B2Cセールスの東京のチームリーダーは平均して40名以上の部下を持つ一方、控訴人が復職後就任したアカウントマネージャーには部下が付けられなかった。主な業務内容も、バンド30のアカウントセールスと同じであり、待遇面でも業績連動給の規定が適用されず、控訴人には個別運用としてバンド30以下の規定が事実上適用された。業務の内容面でも、チームリーダーと同等の業績連動給を得るほどの実績を挙げることが困難なものであり、控訴人の業績連動給(コミッション及びインセンティブ)は、バンド35相当の業績連動給とはいえず、育児休業等の前に比べると激減した。
アカウントマネージャーへの配置変更は、実質的な降格であり、そうでなくとも「不利益な配置の変更」である。これは、控訴人の妊娠、出産、育児休業等の取得を「理由として」なされたものであり、不利益取扱いが認められる例外的な事情もないから、均等法9条及び育介法10条に違反する。
(2)平成29年度以降、チームリーダーであるCがアカウントマネージャーである控訴人の上司となり、控訴人は、その部下とされた。
本件措置2の時点で、リファーラル・アカウントセールスチームのチームリーダーのポジションに空きがあり、控訴人を原職に戻すことができたにもかかわらず、被控訴人は控訴人を殊更に不当に評価してチームリーダーにせず、兼任となるCをあえてチームリーダーとした。
控訴人をチームリーダーにしなかったことは、短時間勤務制度を利用しない限りチームリーダーとして復帰させるとのD副社長の約束に反する。
(3)本件措置1-2及び本件措置2は、人事権の濫用であり、公序良俗にも反する。
【被控訴人の主張】
(1)控訴人は、アカウントマネージャーという控訴人の原職相当職に復帰しており、降格していない。被控訴人におけるジョブバンド制度においては、各バンドにはこれに相当するジョブタイトルすなわちポジションが決まっていて、マネージャーはバンド35のポジションである。
被控訴人が控訴人をアカウントセールス部門のアカウントマネージャーに配置したのは、コストコとの契約終了及びそれに伴うコストコ担当のベニューセールスチームの縮小・再編により、控訴人の担当するチームがなくなったというやむを得ない事業上の都合によるものである。控訴人が復職した時点では、チームリーダーのポストに空きがなく、将来的にもベニューセールスが縮小しつつある中で、同チーム内のリーダーのポストが空くことも全く予想できなかったため、ベニューセールスに代替する営業手法として、アカウントセールスやリファーラルセールス活動の態勢を構築していくことを決め、控訴人を戦略的重要性の高い業務の一翼を担うアカウントマネージャーに任じたものである。
部下の有無は職責の重要度や上下を左右する要件ではなく、実際にもB2Bセールスには部下のいないバンド35のマネージャーが存在していた。控訴人は「部長」としての肩書で対外的な業務を行い,営業の相手先や営業の方法を検討・考察し、その効果等についての検証も行うなどして、アカウントセールスの社員に対して方向性を実際に示して見せることで指導的役割を果たすことが求められていた。
被控訴人がアカウントセールス部門を立ち上げたのは、ベニューセールス営業に代替する新規カード獲得のための対面営業手段を広げることを目的としたものであり、アカウントマネージャーはB2Bセールスに既に存在しておりコンセプトも明確であった。
役職の内容とその責任の範囲・程度によってその額が決定される給与に該当するのは、控訴人にも支給されていた特別営業手当であり、バンド35のチームリーダーとアカウントマネージャーは、名称も金額も同じ手当の支給を受けている。
業績連動給の実績を見ても、給与の変動部分は営業成績によるところが大きく、役職の違いや部下の有無が給与の変動部分の支払額を左右するものではない。
(2)Cが新設チームのチームリーダーに選ばれたのは、被控訴人がリファーラルセールスチームをB2Cセールスの新たな柱としたのに伴い、そのリーダーシップを中心とする能力・適性が評価された結果である。
控訴人も一時はその候補に挙がっていたが、復職後の仕事への取組が芳しくなく、元々リーダーシップに難点があったことから、新チームを束ねることができないとの結論になった。
Cと控訴人は、バンド35という職位の点で同等の立場にあり、チーム全体の管理という観点から、控訴人がCのレポートラインに置かれたにすぎない。
D副社長は、控訴人が主張するような約束はしていない。
【裁判所の判断】
被控訴人のD副社長は、短時間勤務制度の利用予定等を確認した控訴人との面談において、控訴人に対し、チームリーダーは乳児を抱えて定時で帰宅することができる職務ではない旨を述べ、また、A副社長は、復職直前の控訴人に対し、控訴人の現状を考慮すると、自分でペースをハンドルできる仕事の方がよいと述べた上で、部下を持たないアカウントマネージャーとして新規販路の開拓等の業務を担当するよう命じ、その後、チームリーダーとされないことに不満を述べた控訴人に対し、控訴人は、妊娠後復職するまで1年半以上休んでいてブランクが長く、復職してからも休暇が多いから、チームリーダーとして適切ではない旨説明したことは、原判決第3の2のとおりである。そうすると、被控訴人が復職した控訴人に一人の部下もつけないで上記業務をさせたのは、専ら、控訴人に育児休業等による長期間の業務上のブランクがあったことと、出産による育児の負担という事情を考慮したものというべきであって、本件措置1-2は、控訴人の妊娠、出産、育児休業等を理由とするものと認めるのが相当である。
次に、本件措置1-2が控訴人にとって不利益な取扱いに当たるか検討するに、妊娠する前に控訴人が担っていたB2Cセールス部門におけるチームリーダーの業務は、
〔1〕チームのターゲット達成に向けた部下のマネジメント(部下のターゲットの進捗状況や営業方法の確認、部下に対する教育及び指導、営業場所の割り振り、シフトの作成、経費の管理、予算の設定等)、
〔2〕担当営業場所との関係性を強化するための活動(当該営業場所における生産性の高い販売の仕組みの構築等)、
〔3〕新たな場所での販路の開拓、
〔4〕チームリーダー会議や本社役員との会議への参加等
であり、控訴人も、37人の部下社員を擁する控訴人チームのチームリーダーとして業績を上げていたことは、原判決別紙のとおり、控訴人に多額のコミッションやインセンティブが支給されていたことからも明らかである。
ところが、復職した平成28年8月に控訴人が任じられたアカウントマネージャーの業務内容についてみると、一人の部下も付けられず、目標としての契約件数、獲得枚数、売上目標等が示されることもないまま、新規販路の開拓に関する業務を行うこととされ、同年10月からは700件の電話リストを与えられ、優先して取り組むように指示されて同リストを使った電話営業を自ら行っていたにすぎない。そうすると、控訴人が復職後に就いたアカウントマネージャーは、妊娠前のチームリーダーと比較すると、その業務の内容面において質が著しく低下し、給与面でも業績連動給が大きく減少するなどの不利益があったほか、何よりも妊娠前まで実績を積み重ねてきた控訴人のキャリア形成に配慮せず、これを損なうものであったといわざるを得ない。
以上の点を総合すると、本件措置1-2は、復職した控訴人に一人の部下も付けずに新規販路の開拓に関する業務を行わせ、その後間もなく専ら電話営業に従事させたという限度において、均等法9条3項及び育介法10条が禁止する「不利益な取扱い」に当たるほか、被控訴人の人事権を濫用するものであって、公序良俗にも反すると認めるのが相当である。
さらに、本件措置2について検討するに、被控訴人は、平成29年1月にアカウントセールス部門とリファーラルセールスチームを併合し、札幌のチームリーダーであるCに当該併合したチームのチームリーダーを兼務させており、控訴人を当該チームのチームリーダーにしていないところ、そのこと自体は、被控訴人の人事権の範囲内のことであって、違法であるということはできないものの、引き続き控訴人に部下を付けることなく電話営業等を行わせた限度において、均等法9条3項及び育介法10条が禁止する「不利益な取扱い」に当たるほか、被控訴人の人事権を濫用するものであって、公序良俗にも反すると認めるのが相当である。
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